16.白蘭
!注意!
元々R15のシリーズですが、今回も少々R15からはみ出しかけています。
CPとしては白蘭→骸になります。管理人独自の判断だとR16オーバーくらいでしょうか。
そういった部分はひたすら薄めておりますが、危険な香りはいつもより遥かに濃厚です。
危険なのは後半ですが、いかんせん『幼き〜』においてはとても大事なところなので、読みとばすには無理があるかと……。
ただ、今回の話で骸さんの秘密のほとんどが明らかにされています。一応、あとがき部分に簡単な補足をいれておきますので、無理そうだと思った方は目を瞑ってバーを一番下までスクロールしてください。
申し訳ありません。
ごとん、がたたん、とたまに揺れる。時々止まる。しばらくしてまた動く。そんな単調な繰り返しの中で、骸は膝にのせた白蘭の頬をゆったりと撫でていた。
……よく寝ている。
白蘭に盛った薬は、皮肉にもボンゴレ九代目から預かったものだった。おそらくエストラーネオにスパイでも送ってデータを盗ませたのだろう。それは白蘭専用のもので、薬の類に耐性のある彼にもよく効いた。ひょっとしたら骸専用の薬なり装置なりもあるのかもしれない。なんにせよ、九代目は全てを知ったような顔で何も言わずにそれをくれた。感謝の念などかけらも感じなかった。
「骸」
ふと運転席に座っていた母がバックミラー越しにこちらを見ながら骸の名を呼んだ。まだ少し、耳慣れない。
「……なんですか?」
「空港についたら、どこへ行こうかしら。とりあえず北か南かくらいは決めておかないとね」
今、骸と白蘭と母と、初々しい家族三人は新たな門出のために空港へ向かっていた。初めての家族旅行だなんて可愛いものでは決してない。単なる逃避行だ。ゆえに、日本国内と、あとイタリアは避けなければならない。他にもヨーロッパ諸国にはいくつかエストラーネオに関わる支部が設置されていたはずだから、北欧も候補から外した。少し、行ってみたかったけれど。
「南は白蘭が暑がりなのでやめましょう。そうですね、北の……雪の積もる地がいいな。エストラーネオの気持ちの悪い白は嫌いだけれど、白蘭の髪みたいな柔らかい雪の白は好きだから」
バックミラーに僅かに見えた母は、温かな眼差しで微笑んでいた。少しくすぐったい。
(母さんはくすぐったい感じがするんですよ。知っていましたか、白蘭)
まだ感覚を共有出来ないもどかしさも、今は静かに受け止められた。すぐにまた戻れる。いや、以前よりももっと穏やかな日々になるはずだ。そうすればきっと白蘭もわかってくれる。そうしたら骸も白蘭を理解出来るのだと、根拠も何もない願望に浸かっていた。
「なら、空港に着いて北へ一番に発つ便に乗りましょう。とにかくこの国を出てから考えるわ」
「おやおや、随分アバウトですね。そんなことでいいんですか?」
「いいのよ。……もう縛られるのはごめんなの」
そう呟いた母の横顔には疲弊の影が落ちていた。きっともう、限界だったのだ。白蘭がああならなくても、終わりはすぐそこまで迫っていたのだろう。
「パスポートどころか戸籍もチケットすらもないけれど、任せていいのよね?」
「ええ。幻覚でどうとでも出来ますから。今だって、外からは僕らは別人に見えていますよ」
「ふふ、骸は何でも出来るのね」
綱吉以外の他人に褒められるなんて、ひょっとしたら初めてかもしれなかった。最近は初めてのことばかりだな、と骸はまたくすぐったさを感じて身をよじったけれど、“何でも出来る”自身の能力が何を代償に得たものなのか、何のせいで得たものなのかを考えると、途端に冷めていく感情がある。
「……失った分を取り戻すほどではありません」
何と返せばいいのかわからず、つい本心が出てしまった。言うべきじゃなかったとすぐに後悔したが、撤回を口にするほど間違ったことではない。本当に、その通りだから。
「ねえ。あなたをそんな体に産んだ私を、恨んでる?」
母の核心を突く言葉に、ぐ、と骸の喉に力がこもった。骸は少し迷って、眠る白蘭に視線を落とす。
「……恨むとか恨まないとか、たぶんそういう問題ではないんです。もし僕らが普通の子供として生まれていたなら、きっととっくの昔につまらない実験体の一人として消費されていたでしょう。こういう身体だから、今まで存在出来た。だから感謝はしていないけれど、恨んでもいません」
「……そう。そう、でしょうね……」
母はどこか遠い目で、感情を感じさせない声音で呟いた。恨んでいる、と言って欲しかったのかもしれない。責められた方がいっそ、何かを割り切ることが出来るのは確かだろう。でも、そんな気を使ってやれるほど骸の想いは簡単なものではなかった。
「考えるのは止しましょう。実りのない話です」
「……そうね。そう、よね。なら、もっと夢のある話をしましょうか。例えば……新しい家には、何を置こうかしら?」
「クフフ、なるほど。そうですねぇ……」
少し強引ではあったが、骸も明るい話題に意識を向けた。この旅の先で、過去に縛られずに生きると決めたのだ。夢見る未来は眩しいものであってほしい。
「ああ、そうだ。大きめのベッドが欲しいですね」
「ベッド?」
「ええ。僕らが大きくなっても一緒に眠れるような、大きなベッドが欲しい。白蘭の寝相がすこぶる悪いので、小さいベッドだと落ちてしまうんですよ」
いつも骸の隣で眠る白蘭は、無意識のうちに布団をはじっこに押しやったり、骸ごとコロコロ転がったりとなかなか忙しないのだった。もちろん寒さを感じない骸はそんなことなど大して気にもしなかったのだが、白蘭はそうではなく、起きて早々に寒い寒いと震えることもしばしばだった。
「うふふ、仲がいいのね、あなたた――」
ち。
そこまで発音する前に、ことは起きていた。突然の、出来事。
一瞬のうちだった、なんて言い訳にはならない。白蘭は骸のすぐそばにいたのに。骸の膝の上でさっきまで安らかに眠っていたはずなのに。膝に感じていたはずの重みは瞬きの間に消え、跳ねるように身を起こした白蘭は母の頭に手をかけて――どうしてか、血が……。
(何――?)
骸の混乱は、車が壁に激突するまで収まることはなかった。
「こい……なけれ……、うま……ってた……に……!」
ぼんやりと音と声の境も曖昧な中、骸はゆっくりと目を開いた。大嫌いな白が視界を覆う。どこまでも色がなく、彩度がゼロどころかマイナスの域に入っているような気すらする、不快な白。あまりにも見覚えがあり過ぎる天井。青白い光を煌々と落とす蛍光灯までも記憶に刻まれているものだった。
(……どう、して……っ)
何がどうなってこんなところにいるのか。骸は混乱する心を落ち着ける間もないままに、天井から壁へと視線を移し、声の主を探す。
「……!!」
壁の一部に、赤黒い斑点を見つけた。白い天井とは違う意味で見覚えのある色合い。いつかの、風呂場で人間を解体した時の壁に似ている。徐々に視線を落としていけば、黒に成りきれず、赤のままで時を止めることも出来ない色が白い壁を大きく浸食していた。
そんな中途半端なキャンバスの中に、艶のある黒がたくさんの曲線を描いている。一本の線の長さは数十センチほどあるだろうか。距離感がつかめないから正確にはわからないけれど、それはよくよく見るとどうやら女性の長い髪のようだ。
(……髪……女の……黒、髪…………?)
嫌な符号が合致して、骸は手を伸ばした。でも、届かない。届くはずもない。骸の手は、別の小さな手に掴まれていた。手の感触だけでわかる。いや、人間の手など、骸はこの手と綱吉の手しか知らなかった。
「白蘭……!」
声に出せば、ひょこりと笑顔が骸の視界を満たした。
「骸君! やっと起きた! ねえ、おかしなところはない? 身体は動く? 触覚は? 聴覚は? 視覚は? 意識がハッキリしないとか、そういうことはない? 大丈夫?」
逸る心を抑え切れないのか、白蘭は早口にまくし立てた。言葉を追うのも大変なほどだが、骸は端から理解する気などなかった。白蘭の手は、血に濡れていたのだから。
ぽたりぼたりと落ちた先もまた赤く、気持ちの悪い白に色を吸収されていく。その中には、やはり黒髪が散っていた。
いや――
「か、あ…………っ?」
その黒髪には続きがあった。きちんと地肌があって、頭も首も肩も腰も手も足もちゃんとあるのに、表情がない。何か強い力で抉られたように両目とも深く深く抉られ、醜く乱雑な窪みが目立つ。黒目ばかりが大きくなったような異様な顔だった。
それでも骸には、その“ヒト”が誰かわかった。
「かあ、さんっ……母さん……!!」
少しでも近付こうと手を伸ばそうとした手は、白蘭の手ががっしりと掴んで離しはしなかった。
「ハハ、違うって。間違えちゃいけないよ骸君。あんな塊、母さんなんかじゃないよ。だってもう動かないもん」
白蘭はにこにこ笑いながら足でその肉塊を蹴飛ばした。ヒトと認めてすらもらえなかったそれはずるりと少しズレて止まる。でもそれを『動いた』とは誰も言わないだろう。
「ほーらね? 母さんなんて最初からいなかったんだよ、骸君。ずっと僕と二人だけだったじゃない」
骸の手をもう片方の手で包んで、白蘭は口付けるようにそっと口を寄せた。普段通りのその仕草は、骸に安心感の片鱗も与えず、ただ思考を暗い方へと誘っただけだった。
「……違う。間違っているのはあなただ白蘭。僕らは気付かなかっただけだ。母さんは母さんだった……ずっと、いつでも、あの男の相手をしてる時だって僕らの身を案じていた! なのにどうし――」
「黙って!!」
ずぎゃんっ。
轟音とともに金属製の寝台――骸の横たえられている寝台が大きく揺れる。骸の手を握ったまま白蘭が寝台を殴りつけたのだと理解する頃には、白蘭はふるふると小刻みに震えていた。
「君はあの女に唆されたんだ、そうだよね? 僕を罠にかけたのもあの女の指示でしょ? うん、わかってるよ、君のことだもの! 全部あの女のせいなんだよね……全部、全部さぁ!」
ヘラヘラとした笑みをぬぐい去り、白蘭は荒々しく言葉を紡ぐ。時折裏返る声には余裕のかけらもなかった。
「だって昨日まではうまくいってたんだ、ちゃんと! 君に知られちゃったのはショックだったけど、でもね、君に嫌われても良かったよ。見下してくれてもいい、足蹴にされたっていい、どんなにつらくてもそんなのは我慢出来たんだ僕は! ツナ君を殺さなかったし、骸君の望むようにしてたでしょう? どんなことだって骸君のためなら堪えられた。だから、だから僕はなんだって出来たんだ……! ねえ、家に帰ろう? 大丈夫、あの女の分も僕が頑張るからさ、骸君は普通に暮らしてていいんだよ。もう僕達が離れることはないし、逃げることなんてない。僕がいるから全部大丈夫。もう安心だよ。ね、僕に任せて? 大丈夫だから、ね? 大丈夫。大丈夫だよ。大丈夫だってば。……大丈夫だって言ってるのに、どうして睨むの。どうしてそんな、冷たい眼で僕を見るの……! なんで軽蔑するの!!」
感情のままに白蘭の手には容赦のない力が加わり、骸の手は痛みもないままひしゃげた。その無惨な様をちらりと見て、骸は再び白蘭に冷ややかな視線を送った。
「……あなたと離れて、僕はやっとあなたをあなたとして愛することが出来たのに。今度はあなたが僕から離れるんですね」
「何言ってんの!? 離れたのは君の方じゃない! 僕はいつだって君と同じであろうとして――」
「僕だって!! ……僕だって、あなたと同じでありたかった……! あろうとした! でもあなたを理解出来なくなった! そんなの、あってはならないことなのに……っ。あなたがわからないんです、僕には! どうしてあの男と交わった!? どうして母を殺した!? どうして当たり前みたいにエストラーネオにいるんですか!!」
真っ白な薬臭い壁。窓なんてなくて、青い空から離れすぎた場所。慣れてはいても、親しくなんて出来ない故郷、エストラーネオ。そこに白蘭は、骸とは違う立場で立っていた。当然のように、自然に。最初からそうであったかのように。まるでエストラーネオの支配者か何かのように、堂々と。
「理解したくても、理解出来ないことだってある……っ!」
骸は景色に馴染む白蘭を見ていることが出来なくて、辛そうに視線を逸らした。しかしどこを見ても白ばかりで、逃がれられはしない。
「…………君に悪いようにはしない。絶対、君を幸せにしてあげるから」白蘭はそっと囁くように呟いた。
「あのね、いつか骸君を生き返らせることが出来るかもしれないんだよ。ここにいるだけでいい、君は何もしなくていい。僕がいつか必ず君に命ある身体をあげる。約束するよ。ずっと欠けていたピースが揃うんだ。生者と死者じゃない、生き物と死体なんかじゃない。僕らは心も身体も同じになれるんだよ。すべての等号が成り立って、僕らは鏡のように等しくなる。やっと同じになれる。だから、理解出来なくてもいいから、昨日と同じ日々を続けよう? ね、帰ろう? 一緒になろう?」
白蘭はそっと骸の頬に手を伸ばし、ガラスに触れるように指をそわせた。心の底から慈しみだけをすくいとったその仕草は、けれど骸の脳裏にドン・エストラーネオに触れられて喘ぐ白蘭の姿をフラッシュバックさせただけだった。
――キモチワルイ。
「――触るな!!」
反射的に、骸は白蘭の手を全霊で叩き落としていた。その眼を、深い軽蔑の色に染めながら。
「……ぁ……むく――?」
「寄るな触るなっ、これ以上僕の兄を貶めるな!! お前など兄じゃない! 僕がいつ生きたいなどと言った! お前はっ……違う……!」
突然の骸の激昂に、白蘭は呆然と表情を固めた。
「確かに僕はずっと……ずっと、この腐り落ちた身体を疎ましく思っていました、でも! ……でも、あなたはこんな穢れた僕でも認めてくれていると思っていたのに……! 命ある身体? なんですか、それは!? 命がなければ僕は無価値か! ただ生きていただけでお前はそんなに偉いのか! 同じ腹から生まれてただ生きていたか死んでいたかの差しかないくせに、お前は……お前は、最初から僕を見下して……っ」
「ち、ちがっ――」
「黙れ!! お前の言葉など聞きたくもない! 動かなければ単なる生ゴミの僕に今まで同情してくださってありがとうございました! ああ、楽しい日々でしたよ? まるで生きているかのような日々だった! そう言えば満足か、お前は!」
「違う! 待って、違うん――」
「何が違うと? 優しい兄の仮面を被って僕というお人形で遊んでいたんでしょう? さぞや愉快なおままごとだったでしょうねぇ? 防腐剤臭い身体を幻覚の皮膚で隠して、偽物の体温で腐肉を温めて一生懸命に生き物を演じていた僕を嘲笑って……! 餌代がかからないだけペットよりマシでしたか……っ? 水もいらない分鉢植えよりはマシでしたかっ?」
「やめっ、やめて骸君! 違っ――」
言葉がまるで届かない骸に、ただ話を聞いてほしいだけだった。“違う”の一言だけでもいい。ただ、伝えたかった。なのに――縋るように伸ばした白蘭の手は、再び弾かれていた。
「僕に触れていいのは綱吉君だけだ!!」
意識が途切れる時のような、ぷつりという音が聞こえた気がした。白蘭は急激な眩暈にふらつき、肩で荒い息をして数歩退がる。骸と唯一繋がっていた手は呆気なく外れ、足はがくがくと震え、視界は忙しなく揺れながらも瞳だけは骸を見つめたまま。鈍器で殴られたような衝撃とはよく言ったものだが、そんな単純なものでは与えられない痛みだった。身体のどこもかしこもが痛い。否定されたすべてが痛い……。
ゆっくりと右手で視界を覆って、白蘭は大きく息を吸った。そんなことでは安らぎなど訪れなかった。
「ど、して……」
「……僕を帰せ。こんなところにいるくらいなら、まだマフィアの巣窟で見世物にでもなった方がずっといい」
「……ぃ、や……っ」
「僕を綱吉君のもとへ帰せ」
「ヤ……っ、い……ヤだ!」
「帰しなさい!」
「イヤだ!」
「帰せ!!」
「イヤっ!!」
「なら、いっそ燃やせ! もう何も感じたくない! 僕をただの死体に戻して……っ!」
「イヤだってばぁああああ!!」
白蘭の震える手が荒々しく骸の両手首を捕らえた。そしてその勢いのまま寝台に乗り上げ、骸に覆い被さるようにのしかかる。
「離っ――ふ……っ……!」
骸もよく知る、白蘭の唇の感触。強引に口内に舌を差し込んで散々に蹂躙しながら、白蘭は自身の服を無造作に引き裂いて放り捨てた。上も下も関係なく露出した白蘭の素肌には、至る所にうっすらと赤い所有印が残っていた。
(あの男に穢された身体で……っ!!)
「んっ、ふぁ、びゃくっら、離……せっ!!」
容赦なく全力で押さえ付けられて、骸は逃れられない。嫌悪に限界まで眉を寄せて、骸は人間を装うことも忘れてめちゃくちゃに抵抗した。あってもなくても意味のない関節は360°見るも無残に曲がり、幻覚が剥がれた皮膚は白を通り越して青白い。ところどころ紫がかったそれは、遺体安置所に並べられたそれに似ていた。いや、まさにそれだった。
骸の身体は、とうに死んでいた――。
「ふ……は、ん……んンっ」
死体の味しかしない口内を味わって、白蘭は恍惚に菫色の目を細めた。
偽りの体温は呆気なく消え去り、肌が粟立つような凍える冷たさが伝わってくる。白蘭と触れ合った箇所から熱が伝導してくるも、気持ちの悪いぬるさに変わるだけの肉塊。それこそが骸だった。白蘭だけがすべてを知っていて、そしてあるがままに受け入れてくれているはずだった身体。生まれる以前に死に、しかし抗い続けた骸の成れの果てだ。その状態を不老不死と呼んだのはエストラーネオの研究者で、動く死体に過ぎないと言ったのは骸自身で、何も言わずに抱きしめたのは白蘭だった。当然のように受け入れていたそれを拒絶して、骸はひたすらにもがいた。
「やめ、ろっ!!! 偽善めいた同情など、欲しくはな……っふ……ン……!」
渾身の力で胸を押したことで白蘭の身体が離れるが、それも一瞬のことだった。すぐにまた白蘭は骸を求め、唇を重ねてくる。何もかもをさらけ出した骸は、舌も粘膜も冷たく、ともすれば簡単に朽ちるだけなのに。
骸は悔しさに小さく嗚咽をもらした。白蘭の言葉など何ひとつ信用出来なかった。所詮生者は生者、死者の感情などわかりはしない。ことあるごとに生命を感じさせる白蘭に、どれだけの劣等感を抱いていたことか。歪な相似であっても対として認めてくれた白蘭に、どれだけ救われていたことか。どろついた感情を押し込めていたはずのそれが壊れた今、共に過ごした日々の滑稽さだけが浮き彫りになって骸を苛んだ。
(くだらない……!)
舌を食いちぎってやろうと顎を動かす直前、白蘭は敏感に察知したのか単なる偶然か、すっと舌を抜いた。
「……偽善じゃ、ない。同情でもない。全然……全然違うよ!!」
叫んで、白蘭は骸の服も引き裂いた。白蘭とお揃いだったシンプルなグレーのティーシャツと膝丈の白いズボン。服を着る意味もなかった骸にとって、それはアクセサリーも同然の代物だった。ただ、白蘭と同じというオプションがついていただけで。
「な、にを……!」
意図が読めずに焦る骸を置いて、白蘭は自身の下肢に手を伸ばし、上下に扱いた。
「は……ぅ、……!」
おぞましい手の動き。あの夜を思い起こさせる白蘭の吐息。骸は徐々にひとつの事態に思い至って、仰向けのままに寝台の上を這った。まさか、と思った。そんなことをして何の意味があるのか、とも。けれど答えを見つけるより先に身体は逃げ出そうとしていた。ここを越えたらもう戻れないだろう一線がうっすらと見える。それから離れようと必死に動く骸の腰を、白蘭の手が強く押しとどめた。
「はぁ……ふ、ふふっ、ひとつになろうよ、骸君」
にこりと、純粋な微笑みが骸の眼前に広がった。
「大丈夫。ん……骸君は痛覚ないし、う、く……きっと、気持ちっ、いいよ?」
怒りとは別の熱を持った息は、骸には体感することはかなわず、理解も出来なかった。
「自分が何を言っているか、わかってるんですか……!?」
「わかっ、てるよ。ふふ、んぁ……わかりきってるね。ずーっと前から、ひょっとしたら生まれた瞬間から、君と繋がりたかったんだから。あ、は……同じ、ものに……っ、ひとつのものにね、なりたかったんだよ。ここに、ある、のはぁ……ァ、決定的に差がある二つの身体だけどさ、こうして、ね?」
下肢に熱を与えていた白蘭の手が骸の足を持ち上げ、自身の肩にのせるようにして引っ掛けた。そうすると、物を摂取することもなければ排泄することもない骸にとって無意味な器官があらわになる。
「……っ!」
そして骸は小さく息を呑んだ。
視界に入る、一糸まとわぬ白蘭の、一部。その血とは違う赤黒い異様な色合いも、天を向いて揺れる様も、その先端からぽたりと落ちる透明な粘性のある液体も、全てが信じられなかった。
「骸君のここからコレを差し込むとさ、ふふっ、いい具合にひとつになれるんだよ? 奥から熱くなってさ、じわじわずくずくって、言葉に出来ない快感が襲ってくるの。あの男相手じゃ嬉しくもなんともなかったけど、君ならきっと違うよね」
固いものが尻の割れ目に押し付けられる感触に、骸は震えを抑えることが出来なかった。今、自分は何をされようとしているのか。それをしようとしているのは誰か。どれも答えはひとつしか出て来なくて、逃れようもない現実でしかなかった。
「い、やだ……! やめなさい……っ、やめろ白蘭! こんなことをしても、何の意味も……ぁあッ!?」
ぐぬり、と嫌な感触が襲う。未知の感覚だった。痛みはない。痛覚ごとないのだから、当然だった。けれど、死んだ肌でも感じられるその質量はそのまま恐怖にすり替わり、骸は悲鳴をあげた。
「やめっ、やめろっ! ひっ……!」
命の危険などありはしなかった。しかし、骸の尊厳は今まさに踏みにじられようとしていた。
「やめろ……っ、やめろやめろやめろやめろやめっ、ぁ……あっ、あァっ」
ケモノのような体勢で腰を振る白蘭の表情は見えなかった。ただ徐々に強くなっていく挿入が異物感と恐怖とを駆り立て、骸は快感などとは真逆の感覚に喘いでいた。目の前で、白蘭は本当に兄ではなくなってしまった。万に一つの可能性すらもかなぐり捨てて、白蘭は骸から得た快感に酔いしれていた。
「は、ハハっ、はっ、ぁっ、ははは! 骸君の、ナカ、すごい……! ほら、ほら! ほらぁ!! 僕たち、今ひとつになってるよ! わかる!? ほら、こんなに近くにある! 僕は君の中にいて、君は僕を包んでるよ! 僕の熱で骸君も熱くなってるよ! これって、最高の幸せじゃない!? 天国が近いかんじ! すぐにでもイキそう……っ! ね、骸君もそうでしょ!?」
何度も何度も、時に細かく、時に大きく白蘭は腰を打ち付けた。少しでも骸の反応を引き出したくて、少しでも骸にこちらを見てほしくて、でも正面から向かい合うことは出来なくて。限界まで張りつめた雄を最果てへ向けて動かしながら、白蘭はそっと涙した。屈辱に堪える骸には、そんな些細なものは見えていなかった。
「……っ、ふ……ッ、ぁっ、ン……こ、んな、……ぁあッ、こん、な……!!」
こんなことなら――
行き場のない感情を叩き付ける白蘭の行為を受けながら、骸は冷たい身体の奥に宿った炎のままに手を動かした。自身の顔に。右の眼球に。
骸の動向に気を向ける余裕もない白蘭は、必死に骸の感触をその身に直接味わい、深い快楽に溺れた。心の空虚さを埋めるように、一心に。どこまでも昂っていく自身の止め方も知らず、白蘭は意識が持っていかれそうになる感覚に到達した。
「あ、あ、イ、く……ぁ、あァッ!!」
ひときわ強く最奥を突いて、白蘭は骸の血の通わぬ身体の奥底にびしゃりと白濁を注いだ。
「ん……ぁ……。は……ふふ、ははっ!」
荒い息を吐き出しながらも、白蘭は乾いた声で笑った。念願だった。ずっと望んでいた。最高の気分だった。でも、何かが足りないのだ。それも、決定的に。
「ハハハっ、は――」
「……クフ、フフフっ」
身の内に叩き付けられた何かの感触を感じながら、骸はくすくすと嘲りを込めて笑っていた。ぴたりと、白蘭の哄笑が静止する。
「ハ……な、に……?」
「……お前は結局、兄ですらなく、人間ですらなく、ただのケダモノだったんですね。クフフ、すべては僕の勘違いか。それとも、認めがたい現実から目をそらしていたのでしょうか。はっ、実に愚かな六年だったというわけだ。何の意味もなかった……本当に、無意味だった……」
「……骸、君……?」
淡々と言葉を紡ぐ骸に嫌な気配を感じて、白蘭はこの時になってようやく骸を正面から見つめた。快感の余韻はもはやない。桃色に染まることもない骸の肌が視界のほとんどを占める中で、骸の指が意思を持って動くのが見えた。
「不必要なものばかりがそばにあって、大事なものはここにない。残されたのは、単なる汚物だけ……クフ、フフフフっ、こんな……こんなっ、穢れた身体など――!」
骸の細い指先が骸自身の紅い右目に食い込む。
「ま、待っ――」
「せいぜい死体と戯れていろ、ケダモノが」
ぐちゅり。
白蘭の手が骸の手を掴むその前に、骸の指は眼球を摘出し、無造作に床に放っていた。
「む、骸君ッ!?」
眼球が床のタイルにべちゃりと落ちるその瞬間には、骸の身体は変化を始めていた。
蒼い左の眼球は色をなくしながら沈み込むように潰れ、深い空洞の底に液状になって溜まる。髪はばさりと抜け落ち、やたらと細ってついには床に落ちる前にちぎれていく。眼球を抉った右の手は既に指の判別が不可能なほどに腐敗し、茶ばんだ腕は何の躊躇もなくごとりと落ちた。断面は茶色と紫の中間くらいの腐肉の色で、うじ虫がわかないのが不思議なくらいの悪臭を放つ。続いて左の腕も落ちたと思えば、白蘭の肉棒をくわえたままの腹は内蔵の形もわからぬままに落ちくぼみ、崩れた肉の隙間から白蘭の出した白濁が見えた。黒ずんで変色していく肉の中でひときわ白いそれを見て、白蘭はようやく事態を理解した。
……もう、遅すぎた。
「むく、ろ、くん……? 骸君!!」
単なる腐乱死体と化していく骸を抱き起こし、白蘭は悲痛な声で呼びかけた。しかしカクリと曲がった首は呆気なくちぎれ落ち、意思も何も感じられないままに無造作に落ちた。
「あ……!!」
ごろりごろりと転がる骸の首を追い、白蘭は這うようにしてそれに追いすがった。手を伸ばし、指先で触れるも首はさらに先へ転がる。正体もわからない茶と赤の混じり合った液体がその軌跡を描いて、異臭を放った。
「ま、って……待っ、……!?」
ようやく止まった首の先に、紅い眼球があった。『六』の文字が刻まれた瞳。骸の証。実験によるものではなく、腹の中で一人の胎児が死んだ時手に入れた魔性の瞳だった。
「……っ!」
咄嗟の閃きだった。考えついてしまえば、白蘭には迷っている暇などなかった。朽ちていく死体を呆気なく手放し、白蘭は即座にその眼球に駆け寄った。
「骸君……!!」
なんの確証もないままにその目を掴むと、あたりを見回す。すぐそばの床に、悲惨な最期を遂げた母の死体があった。血に塗れ、嫌悪しか抱かない母の。白蘭は母の遺体を乱暴に抱き寄せ、自らが抉った眼孔に骸の右目を添えた。
わずかに眼球が震えた気がした。
(……僕は、間違っていない。でも、君を失ったら、僕は……)
ゆっくりと眼球を埋め込みながら、白蘭は小さく小さく呟いた。
「……ごめんね、骸君。大好き」
そうして完全に眼球が埋まりきったその瞬間。
ずぐ……ッ!
白蘭の胸の中央を、三叉の短剣が貫いた。
「……ッぁ……!」
痛みに傾ぐ中で、憎悪に輝く紅い瞳と、不出来な人形のように蠢きながらも立ち上がる女の遺体とを目に焼き付けて、白蘭は満足そうに笑った。
「……また、ね……む、く………………」
意識は白に呑まれた――。
随分と長く時間があいてしまいました……。
なんていうかもう、すいません!
そしてR指定の壁は厚い(泣)
一応、オブラートどころかギョーザの皮で包んだつもりですが……あ、アウト、ですか……?
すいません『こりゃイカンだろ!!』とか思ったら管理人を叱りつけてやってください。
R18の方へ……とまではいかずとも、パスはつけるかもしれません。
そんなわけで、読めなかった人・飛ばした人・わけわかんなかった人に補足を。
*あくまで文章中の言葉を拾ってまとめています。
ー骸さんの身体についてー
骸いわく、死体。白蘭は生きているが骸は死んでいる。同じ腹から生まれたが、最初から死んでいた。ゆえに痛覚など、欠けているものがある。研究者たちは骸を不老不死の手がかりとして扱っていた。幻術で体温や見た目などなどを隠していた。白蘭はすべてを知っていた。白蘭は骸に生きている身体を与えたかった? 骸の力の源は右目? 今回の話で骸本来の身体は朽ちた。白蘭は母の遺体に骸の右目を埋め込んだ。
……アバウトですが、こんなかんじです。
はい、とんでも設定ですね!!!!!
本当、ごめんなさい……。
2009.1.14
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