12.幸せ




「いらっしゃい、綱吉君」
「おかえりっ、ムクロ!」

 来て早々、綱吉は骸を抱きしめた。ぐりぐりと顔を骸の胸のあたりに押し付けて、溢れる喜びを表現しているようだった。そんな光景をじっと見つめながら、白蘭はただにこにこと微笑む。
(……骸君が幸せなら、僕はそれでいいんだ)
 生まれた時から、白蘭は骸の幸せだけを願っていた。それが唯一の使命であるかのように、淡々と。自分の力のなさを生まれる前から思い知っていたから。今回の件は、それを再確認させるには十分過ぎた。
 だから、今はただ微笑んだ。

「いらっしゃい、ツナ君」

「うんっ!」
 笑顔で綱吉を迎える白蘭に、綱吉は昨日あれだけ泣きわめいたことも忘れて元気に返事をし、白蘭の腕をとって骸と一緒くたに抱きしめた。小さい綱吉では腕の長さがぎりぎりだったけれど、その分三人の距離はぐっと近づいたような気がする。
 小さな輪の中には、心から嬉しそうに微笑む骸と幸せを噛み締める綱吉、そして嘘から削り出した笑みを浮かべる白蘭とが入っていた。それを監視する何対もの眼は、綱吉以外の二人の額をいつでも撃ち抜ける距離にあった。白蘭も骸も当然ながら気付いている。牽制の意味もあるのだろうか、監視者には気配を隠す気がないようだ。白蘭は気持ちの悪さに鳥肌が立つのを感じていた。
(骸君が喜ぶなら、僕は何だって出来る。イライラする視線に耐えることも、ツナ君ににっこり微笑むことも、ツナ君に柔らかく微笑む君を許すことも、ツナ君を優しく撫でる君を黙って見ていることも……。仮面を被るのは得意だからね)
 真っ白な研究所に充満する孤独を、白蘭は嫌というほど知っていた。そう、骸がいつもより綱吉に触れようとするのを理解出来るくらいには。
(理解は……出来るんだよ。少し、心が納得してくれないだけ。でもそんなの骸君のためならいくらだって我慢出来る。ううん、してみせるよ)
 綱吉のふわふわした頭を撫でる骸を見れば、本当に幸せそうで。それは白蘭と二人きりの時には決して見せない子供らしい表情だった。無邪気と言ってもいい。
 正直に言うなら、白蘭は綱吉に嫉妬していた。いや、嫉妬に狂っていた、と言った方が正しいかもしれない。けれど、胸の痛みも喉から飛び出しそうになる負の声も、無理矢理に奥の方に閉じ込めて蓋をしてみせた。決して、外に出してはならないのだ。
(いいんだ、これで。……いいんだ。これでいいんだ……)
 しかし、何度頭の中で繰り返し唱えても、衝動は収まることを知らなかった。本当は今すぐにでも綱吉を引き裂いてやりたかった。その後は細かくちぎってトイレにでも流してしまえばいい。臭いなんて気にしない。気にする人物がいなければ意味はない。
 でもそんなことをしたら、きっと骸は笑ってくれなくなるだろう。白蘭を責めるだろう。二度と幸せにはなれないのだろう。
 そんなのは、駄目なのだ。
 骸の幸せを奪うくらいなら――。

(僕には、僕にしか出来ないことがある。僕は僕なりのやり方で骸君を幸せにすると決めた)

 そのためなら、手段は選ばない。

















 いつものように情事に励んだ隣室をよそに、白蘭は骸の耳を塞ぎ、骸は白蘭の耳を塞ぎ、互いに寄り添い合って眠っていた。そんな中で、白蘭だけがパチリと目を開ける。
「……」
 少し動くだけで触れ合いそうなほど近い骸を密かに観察する。骸は呼吸をしない分、眠っているのか起きているのかの判断が難しい。
「……骸君」
 ぽそりと小声で名前を呼んでみた。骸は普段物音や気配に敏感であるが、白蘭とともに眠る時はその警戒心が薄れる。本当に安心してくれているのだと思うと、白蘭は誇らしくもあり申し訳なくもあった。
 反応がないのを確認して、白蘭は惜しみつつも耳に当てられていた骸の白い手をそっと外す。そして音という音を殺してベッドを下りた。

 ぎしっ

「っ……!」
 体重の移動に伴って安いベッドが軋んだ。
 動きを止めて骸の方を確認すれば先程から全く変わらぬ骸がいて、白蘭はホッと息をついた。寝返りの必要すらない骸は、眠っている時はひたすらに無音で不動だ。
 白蘭はそのまま足音を忍ばせて部屋を後にした。向かうは隣室。情事を終えたばかりの、吐き気のする部屋。
 骸に背を向けるのは嫌だったけれど、白蘭はなんとか自分をなだめて寝室を出た。すぐ隣にあるドアの前でひとつ深呼吸をし、ノブに手をかけ、ゆっくりゆっくりと押し開く。
 そうして生まれる小さな隙間から、中の生温い空気が漏れ出した。真っ先に鼻をついたのはやはり男と女の匂い。母と父ではない。単なる雄と雌の臭いだった。
 嫌悪に歪む顔をなんとか無表情まで戻して、白蘭は部屋の中に踏み入った。 

「何か用か」

 すぐに浴びせられたのは冷たい声音。久しぶりに聞いた気がする、戸籍ばかりの父の声だった。
「……取引がしたい」
 白蘭は緊張を抑えて父を見据えた。意識のない母を組み敷く、ドン・エストラーネオを。そのギラギラと欲に走った薄汚い瞳が白蘭を射ても、退くわけにはいかない。
 そう――


 すべては、骸のために。





















どんどん暗くなります。
そして相変わらず白蘭がいい子なのは管理人の好みです。
悪い子ぶってても行動にはきちんと理由と意志があるといいな〜。


2008.10.17




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