11.ひとり




 綱吉は夜半を過ぎてもまだしくしくと枕を濡らしていた。
「ん、ひっく……うぇっ、く……っ」
 びしょびしょと言っていいくらいに涙を吸い込んだ枕は気持ち悪くて、ちっとも慰みにならない。おかげで腹の真ん中に嫌な感じが溜まっていて、気付けばそれは声と行動になって飛び出していた。
「ビャクランのバカぁっ!」

 ぼすっ

 綱吉が投げた枕は、白蘭がよく使う白いドラゴンのぬいぐるみにヒットして、ころころもふもふ転がった。そして――

「あ……!」

 そのまま骸が好んで使う赤い飛行機にぶつかり、2つのオモチャと枕は仲良く部屋の角で団子になった。別に狙ったわけではなかったけれど、それは見事に綱吉の願望を表して、いっそ誇らし気に見えた。
「…………」
 ふと思い立ち、ベッドを下りる。とてとてと庭が見える窓まで歩き、深夜なので音を立てぬようそっと開けて、姿の見えない誰かへと声をかける。
「ねぇ、ムクロかえってきた?」
 その相手は、いつも六道家を見張っているボンゴレファミリーの人間――だと思われる。いかんせん顔も見たことがないので絶対にそうとは言えないけれど、気配というか雰囲気というか、第六感に作用する要素がいつも同じだった。本当は話し掛けたりしてはいけないと言われていたが、そもそも綱吉はそんなことをする意味がわからないので根本から無視していた。
「…………………いいえ」
 大分間をあけて、ぼそりとした答えが返って来た。それは到底綱吉が望む答えではなかったけれど。
「そう……。ねえ、ムクロはどこにいっちゃったの? どうしてビャクランはひとりなの?」
「………………私には答えかねます」
「しってるくせに! ケチ!」
「………………申し訳ありません」
 いつもこうだった。白蘭も骸も9代目もファミリーも、綱吉には何も教えてくれない。知らない方がいいだとか子供にはまだ早いだとか、根拠のわからない大人の理屈ばかりで、綱吉はどうしても納得がいかなかった。
 バカバカバーカ、と頭の中だけで唱えて、苛立ちもあらわに頬を膨らませながら綱吉はベッドに再度潜り込んだ。
「おとななんてキライ。オレだって、ちからになりたいのに……」
 骸が秘密を持っていることはなんとなくわかっていた。超直感と呼ばれているらしいボンゴレの血の力は、時に深奥まで、時に表層だけ、綱吉に気まぐれに真実を教えてくれる。だから綱吉は、骸が人に触れるのも触れられるのも嫌いなことを、最初から知っていた。その理由が恐怖からなることも。でも、骸が何を怖がっているのかはわからない。けれど、怖れないでほしいと思う。
 それから、白蘭。彼にも秘密が――秘めたる感情があることを、綱吉は感じていた。それを知るのは、とても勇気のいることだとも。知った途端、何かが崩れるだろうことも。
「……それでもオレ、ふたりのトモダチでいたいよ」

 こつっ

「……?」
 窓に何か当たった。綱吉は再びベッドを下りて窓に近寄ってみる。ひょいと顔を覗かせて庭を見れば、顔と身体は茂みの中に隠れながら、指だけが六道家を指しているのが見えた。
「明日にでも、おかえりと言ってやるといい」
 ぼそりと聞こえたやたらと遠回しな言葉は思いの外優しくて、綱吉はその場でぴょんぴょん跳びはねた。
「うん……! うんっ!」
 暗く沈んだ気持ちが嘘のように晴れ渡っていた。明日には骸に会える、きっと白蘭も笑ってくれると訳もなく確信できた。
「ありがとう! おやすみなさい」
 深夜にしては大声で叫んで、綱吉はベッドに駆け込んだ。

「あ」

 と、部屋の角の枕とオモチャ2つが目に入って慌てて取りに行く。絡み合うようにごちゃっと転がるそれらは、複雑な3人の関係を示しているようにも、決して離れない意志を示しているようにも見えた。どれが正しいのかは、わからないのだけど。
 濡れた枕を定位置に置いて、2つのオモチャはその横に並べた。もちろん、ぴったり寄り添うように。
「……もう、はなれないようにね」
 ドラゴンと飛行機という脈絡のないペアにもしっかりと布団を被せれば、ひとりの時よりなんだか暖かい気がした。


「おやすみ、ふたりとも」


 その夜は、なんだか幸せな夢を見た気がする。
 3人で何にもない草原に寝転がって、ただ空を眺めている夢。誰も咎めず、追ってくる人もいない。骸と白蘭を悪く言う人もいない。
 さんさんと輝く太陽にほんわりと暖まって、夢の中だというのに微睡んで。
 たったそれだけの夢だった。
 でも例えようもなく幸せで、何より儚かった。

 ずっとずっと、そんな日々が続けばいい。





















10話の綱吉サイドというかなんというか、な話です。
白蘭には綱吉を嫌う理由があります。でも、綱吉にはありません。
白蘭は当事者であるだけに骸や自分を取り巻く事柄のほぼ全てを知っています。でも、綱吉は知りません。
そして骸は当事者だけれど、ある意味では傍観者でもあります。
そこらへんのバランスが変わっていれば、きっと『いつかの〜』のような事態にはならなかったんだろうな〜なんて。うん、どうしても暗くなっちゃう言い訳です、ハイ。

2008.10.09




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