10.ふたり




「骸君……骸君……」

 骸の名を呼び続けて、これで何回目になるだろうか。数える者もいない中、白蘭は夜が明ける前から壊れたラジカセのように繰り返し繰り返し骸の名を呼んでいた。そうでもしないと何かが崩れてしまいそうで、白蘭の中の危うい均衡は今ぎりぎりの状態でなんとか保たれていた。
「……骸君……」
 今日は母も帰っていないようで、家の中は物音ひとつしない。白蘭の声はよく通ったけれど、それでも骸までは届かない。未だにラボにいる、骸までは。
「骸、君」
 あれから、車が着いた先は予想通りエストラーネオ支部の研究所だった。故郷とも言うが、白蘭も骸も懐かしさなどカケラも感じなかった。あんなところ、ただ嫌悪と吐き気ばかりが込み上げる場所でしかない。
 そんなところに、骸は今、ひとり――。


「おやめ下さい!」
「い・く・の!!」
「なりません!」
「い〜や〜っ!!」


 外が騒がしくなった。聞き慣れた高い声と誰だかわからない低い声とが言い争っている――と言うより、高い声の方が駄々をこねているようだ。
「…………」 
 何故だかとても苛々した。いつもすぐ近くで聞いているはずの声が、今はやたらと喧しく、耳障りだった。放っておこうとしたけれど、苛立ちは抑え切れず、立ち上がって玄関へ向かった。

 がちゃっ

「あ! ビャクラン!」
 ドアを開ければ、すぐ目の前には綱吉の間抜けた顔が迫っていた。やっぱり。案の定。予想通り。
「あそびにきたよ〜! ……あれ? ねえ、ムクロは?」
 ぎしり、と白蘭の拳が鳴いた。ぎちぎち、ぎしぎし、と白蘭の感情をそのまま中継し、そして限界を超えて血が滴った。
(……なんで骸君はいないのにコイツはいるの)
 胃の底の方から悪意が駆け登ってくる気がした。一度沸き上がれば、後から後から黒いものが溢れて止まらない。

(ボンゴレがエストラーネオにちょっかいなんて出したからこうなったのに…! どうしてこいつばっかり能天気にしてられるの! 代わればいいんだ、骸君と。骸君がここにいるべきで、こいつはラボで切り刻まれればいい! 泣いても喚いても無視されて、物みたいに扱われて、骸君の苦しみを1%でも感じて壊れればいい! こいつらのせいなんだ……こいつらのっ!)

 エストラーネオにボンゴレが圧力を加えて、危機感を持ったエストラーネオは白蘭達兄弟の研究を再開するかどうかで割れていた。そして討論の末の結論が、試しにもう一回データをとってみようだなんて子供みたいな発想で、その結果骸は未だに拘束されたまま。不老不死などという夢想に踊らされて、彼等が自分達の滑稽さに気付くのはいつのことか。いつ、骸は解放されるのだろうか。いつ……。
(……クソ。今こうしてボンゴレの申し子に振り回されてる僕もまた、滑稽ってワケなの? どいつもこいつもくだらない……!)
 自嘲を内側に押し込めて、白蘭はいつものように胡散臭い笑みで蓋をした。

「ツナ君。とても大事なルールを教えてなかったよね」

 にこりと笑う白蘭に、綱吉は不思議そうに首を傾げた。
「るーる……って何?」
「物事にはどんなことにも決まり事がある。それが『ルール』だよ」
「ふーん。それがどうしたの?」
 呑気に反対側に首を傾げる彼に、白蘭は沸々と感情が泡立って蓋を押し上げるのを感じていた。綱吉が何も知らずに寵愛を受けている間に、自覚のないまさに今この瞬間に、骸がどれだけ苦しんでいることか。
(無知が。脳に直接知識を詰め込んでもらえばいいんだ。僕らみたいにさぁ!)
 憎悪は頂点に達し、白蘭の身体は怒りのままに動いていた。

「ぁぐっ!?」
 
 綱吉の首に白蘭の白い手が巻き付いた。
「貴様っ、何を――」
「動くなよ木偶の坊。こいつの首がコロコロ転がってもいいの?」
 護衛の黒服が途端に色めき立つが、白蘭の本気を感じ取って動きを止めた。
「びゃ、ビャク……っぅ……なんで……!?」
「うっさいなぁ。大事な大事なルール、聞かなくていいの? 君のためだよ、世間知らずの綱吉君。脳みそいじったら耐えられないだろうから、僕が優しく教えてあげるんだよ。だから、よ〜く覚えておいてね?」
 一度しか言わないよ、と綱吉の耳元で囁いて、白蘭は静かにルールを口にした。


「骸君がいない時に、僕の視界に入るな」


 どん、と首を捕らえていた手で綱吉のやわな胸を突き飛ばして、白蘭はドアを勢いよく閉めた。本当は鍵をかけたかったけれど、骸が帰って来た時に寂しいだろうからかけない。
 ドアの向こうから綱吉の泣き声が聞こえて、白蘭はぎりぎりと奥歯を軋ませた。
 なんて煩わしいオモチャだろう。骸に気に入られ、オモチャ箱から飛び出して辺りを散らかしてもお咎め無しで。それが特別だということにも気付かない。
 当たり前だとでも思っているのか?
 自分が無償の愛を与えられてしかるべき存在だとでも夢想しているのか?
 誰かが幸せにしてくれるとでも勘違いしているのか?
 くだらない、と白蘭は吐き捨てた。
(どうして壊しちゃダメなの、骸君……っ)
 自分を抱きしめながら、白蘭はずるずるとドアに背をもたれて座り込んだ。諦めたのか、外のわんわん煩い泣き声はやんでいた。
(泣いてジジィに縋れば骸君を助けてやれるんじゃないのか。泣くだけ泣いて、ネジが尽きたらハイさよなら? 人形でも主人の身代わりくらいにはなるってのに、なんて役立たずだろうね!)
 力を込めた指先が肩に食い込んでぷつりと音を立てた。すぐに爪と肉の接点からずぶずぶ血が溢れて来る。
 指も肩も熱い。
 身体が熱い。
 心も暗く火照って、熱い。

「……お願い。冷ましてよ、骸君……」






















 かちゃん

 きぃぃぃ

 悲鳴みたいなか細い音を境に、真っ暗な闇に注ぐ月光。そんなものより、紅と蒼の煌めきの方が、ずっと眩しい。

「……おかえり」

 ぱちぱちと、驚いたように煌めきが遮られる。勿体ないから、一瞬たりとも隠さないでほしかった。
「まさか、ずっとここで待っていたのですか?」
「まあ、そんなカンジかな」
「身体、冷えたんじゃありません?」
「全然。むしろ熱いくらい」
 だから、と白蘭は骸の手を引いた。素直に腕の中に落ちてくる弟が、たまらなく愛しい。触れられることが、こんなにも嬉しい。
「ねえ。冷ましてくれない?」
「……おやおや。仕方ないですねぇ」
 きゅ、と互いの腕に力を込めて、身体を近付ける。出来るだけ、密に。隙間もなく、密に。触れ合わない場所がないくらい、密に――。

「怪我、してますね」

 肩に走った濡れた感触に、白蘭は僅かに吐息を零した。ちろちろ、ちろちろとくすぐったい舌使いは、すぐさま快感に変換されていく。冷たいはずの舌は蕩けそうなほどの熱に変わり、白蘭を焦がした。

(もう、離したくない。離れたくないんだ、骸君――)

 いっそこのまま溶け合えたら、どんなに幸せだろう。























随分間があいてしまいました。そして暗い! ツナかわいそう!
でもやっぱり管理人は白蘭を応援したいんです…!


2008.10.04




次へ


楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル