09.波紋
それは、いつもと全く変わらない日だった。綱吉のオモチャだらけの部屋で他愛ないおしゃべりに興じていた、よくある日々のうちの一日。
「そんでさ、こないだのテレビで……あー、なんてばんぐみだったかなぁ」
「バラエティー? 動物もの?」
「子供向けの教育テレビでしょう?」
「ちがうよぉっ。こう、かざんとかがズゴゴゴーってかんじの!」
綱吉はわぁっと腕を広げて、おそらくは火山の噴火を現しているだろうジェスチャーをした。六道家には元々テレビなんてなかったけれど、綱吉がよく見るそうなので急遽購入していくつか話題に上りそうな番組はチェックしていた。でもお子ちゃま嗜好丸出しの綱吉が自然災害ものを見るとは思わず、見逃していた。
「あー……僕らは見てないや」
「というか、君でも見るんですねぇ、そういうの」
「ひっど! みるよぉ、それくらい! オレもうオトナだもん!」
ぷんぷん頬を膨らませて、綱吉は胸を反らした。いかにも子供なその行動は、双子にとっては単なる笑いの種だ。本人が気付いていないのは、年齢ゆえか性格ゆえか。
「ぷふっ! だもんなんて言ってる段階でガキんちょだよね〜!」
「クフフ、それ以前にズゴゴゴー、の部分からして子供ですよね」
白蘭と骸がくすくす笑って、その反対側で綱吉がムキになる構図はよくある。今日もそうして戯れているだけで一日が終わるものだと思っていた。
けれど、
「……っ!」
「……!」
突然白蘭と骸はびくりと同時に顔を上げて背筋をピンと伸ばし、辺りを警戒するように首を巡らせた。部屋の中の空気が一気に冷えたのは錯覚なのか現実なのか、綱吉には判断することが出来ない。
「え、な、なに……?」
綱吉はわけがわからなくてきょろきょろと首を動かしたけれど、普段と変わらないオモチャだらけの自室が目に入るだけで、異常はなかった。なのに二人は目元を険しく歪めて、殺気と呼ぶに相応しい気配をまき散らす。それがまた異常事態を知らしめて、綱吉を軽いパニックに陥らせた。脈拍が上昇する。
「ね、ねえ、どうしたの、ふたりとも……っ」
恐る恐る尋ねても、二人は綱吉の方へ視線を寄越すことなく腕を絡め合って、互いの身体を強く抱き寄せた。そこから窺えるのは明確な恐怖でしかない。
「……びゃ、白蘭……」
「骸君……大丈夫、大丈夫だから……」
震えを抑えるように繋いだ手はいつになくきつく、こんなにも不安げな兄弟を綱吉は未だかつて見たことがなかった。どうしたらいいのかわからない。二人の世界から弾き出されてしまったようで、恐い。寂しい。
「ね、ねえ、なに、なんなの? なにがあるの? ねえ……!」
答えてくれない二人に、綱吉もまた不安を募らせて目を潤ませた。
「ねえっ。ねえっ! なんかいってよぉ!」
それでも二人は答えてくれない。それどころか見てもくれない。
「ねえ……ぇぐっ……ビャクラン……ムクロぉ……おしえてよぉっ、ひっく……!」
ついには綱吉はわんわん泣き出してしまった。そんな時、ノックもなしにいきなりドアが開けられた。
「だ、だれっ!?」
綱吉は涙を散らしながら驚いて振り返った。そこにいたのはボンゴレファミリーに所属する黒服の男と、そして見慣れぬ白服の男。
「申し訳ありません、綱吉殿。こちらの方がそちらの兄弟に用があるそうです。今日はここまでにして下さい」
黒服の男は感情の込められていない声で事務的に言って、綱吉の手を引いた。決して強い力ではないが、抗うことを許すほど弱くもなかった。
「なんで!?」
困惑する綱吉には答えず、黒服の男は綱吉を匿うように背後に庇い、白服の男を部屋へ通した。
「……何の用」
警戒心を隠しもしないで、白蘭は骸を隠すように前へ出た。白蘭より骸の方が怯えが強いように見える。しかし白服の男はそんな兄弟の様子にも動揺を見せず、淡々と口を開いた。
「お父上がお呼びです。早々に支部へお戻り下さい」
(ちちうえ? おとうさんのこと……? ふたりの、おとうさん? で、でもなんか……へんだ)
それは機械の紡いだ合成音声みたいで、不気味だった。言葉の内容は人間的なはずなのに、そういった温かさといったものとは明らかに無縁で、気持ちが悪い。
有無を言わせぬその言い方に、白蘭は拳を震わせた。
「嫌だと言っても連れて行くくせにっ」
「大人には体裁と言うものがあるのですよ。さあ、お父上がお待ちです」
口では丁寧な言葉を吐きながら、男は無遠慮な手で白蘭の腕を捕らえた。そしてもう片方のやけに分厚い手袋をした手で骸の腕を捕らえようとして、横から弾かれた。
「弟に触れるな!」
子供とは到底思えない冷たく低い声に、綱吉は思わず黒服の男の背にしがみついた。さっきまでたわいもない話に興じていたのに、この変わり様は何だ。ごく普通の一日のはずだった。いつか忘れてしまう類の、幸せな日々にカテゴライズされるだけの曖昧な記憶になるはずだった。だのに、あっさりと日常は崩れ去った。あっという間に、あっけなく、目の前で、こんなにも傍で。
白蘭の強い視線にも白衣の男は意に介した様子を見せず、唯一小さなため息ひとつ分の人間らしさを垣間見せた。
「……なら、素直に来ることですね。私とて、腐敗物に触れるのは遠慮し――」
ぐじゃっ
言葉の最後は、おかしな音に遮られた。その原因を理解する前に、黒服の男の手が綱吉の目を素早く覆う。ちらりと見えた白服の男の首から細い何かが2本突き出ていた気がするけれど、それが何かまでは綱吉にはわからなかった。
「え、なに? みえないよぉっ、ねぇ、なに!?」
「……」
抗議の声をあげても、黒服の男は答えない。そして、トン、と軽い仕種で綱吉の頸動脈を的確に打った。途端に崩れ落ちる綱吉を丁寧に抱えて、黒服の男は白蘭と骸を見る。
「表に迎えの車が来ている。連れて行かれるのが嫌なら、自分達の足で行きなさい。我々は一切関知しない」
その事務的な言い方に苛立ちを隠さず、白蘭は白服の男の喉から乱暴に指を引き抜いた。ぴぴっ、と綱吉の部屋に赤い斑点が飛散する。黒服の男は少し眉を寄せたけれど、苦情を口に出すことはなかった。
「アンタなんかに言われなくてもわかってる。……行こ、骸君」
途中でがらりと語調を変えて、白蘭は骸に手を差し出した。血に濡れていない方の、綺麗な手を。しかし骸はほんの少しの躊躇いを見せた。
白蘭には、骸の考えていることが手に取るようにわかった。
(僕は、君を汚いなんて思ったこと……一度もないんだからね)
白蘭は一瞬悲しげに眉を寄せたけれど、すぐににこりと微笑んで骸の手を優しく掴んだ。
「ほら」
「……はい」
きゅ、と握り返される感覚に内心ほっと息をついて、白蘭は骸を先導しながら綱吉の部屋を出た。廊下の先から9代目が見つめているのに気付いたけれど、白蘭は無視した。
「……綱吉君に、また明日、と伝えて下さい」
白蘭に続きながらも、骸は誰とも視線を合わせないまま呟いた。返事は、もちろんなかったけれど。
お邪魔しましたとすらも言わずに玄関を出れば、すぐ目の前に白塗りのいかにもな車が停まっていた。その周りを囲むのは、同じく白尽くめの男達。白ばかりで吐き気がする。白蘭は自分の白い髪を疎ましく思った。骸のような綺麗な色が欲しかった。欲しかったのにくれなかった連中に、また腹が立ってきた。
「……随分ご立派なお迎えだね。運転手はとびっきり美人を期待してもいいのかな?」
嫌味をたっぷり込めたところで、反応を返してくれるほど温かみのある連中でないことはわかっていた。案の定、車の中からも現れた白服達は、ただ無言で二人を車内へ誘導した。
単なる交通整理みたいな、嫌な扱いだった。
兄らしい白蘭を書くのは楽しいんですが、話が暗過ぎますね……。
2008.9.19
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