01.出会い
それは、10年と少し前。
「つっくん、今度お隣に新しく六道さんて方が引っ越してくるそうよ」
「ふーん」
うきうきしながら話しかける母とは逆に、綱吉は手にしたアイスキャンディーに夢中でおざなりな返事を返した。ロクドーサンとやらよりアイスの方が遥かに優先度が高い。
でも、次の一言で綱吉はアイスを放り出すことになった。
「つっくんと同い年の男の子が二人いるんですって」
その数日後の昼下がり、綱吉は庭の木の陰から隣の家を覗いていた。端から見たらそれなりに怪しい図だが、沢田屋敷なんて呼ばれるこの豪邸においては、咎めるような人物はいなかった。
そのうち、小さな引越トラックが来て、ソファやらベッドやら収納家具を運び出す。
(おもちゃとかないのかな?)
子供の痕跡を探そうと綱吉はドキドキしながら見つめるが、引越作業はあっと言う間に完了し、トラックはさっさと帰っていってしまった。オモチャどころか、明らかに家具が少なかった気がする。運び込まれたのは衣食に関する物だけで、娯楽品の類は一切なかった。ひょっとしたら綱吉が覗く前に別のトラックが運んでいたのかもしれないけれど。
(…ロクドーサン、かおださないかなぁ)
とにかく、綱吉の目的は家具より住人だ。
綱吉は特殊な環境にあるせいで、同世代の子供と一切の交流がなかった。狭い輪の中で優しい大人達に囲まれて、時に厳しく時に甘やかされて育ったのだ。つまり一言で言うなら、綱吉には友達がいない。友達という存在を絵本の中でしか知らず、いつも夢見るだけだった。
(マフィアとかそんなのじゃなくて、ふつうのともだちがほしいな…)
マフィアがどんなものかもよく理解してはいなかったけれど、綱吉はマフィアというもののせいでこうなってしまったのだとわかっていた。綱吉はファミリーと呼ばれる大人達を好いていたが、あくまで家族は家族。友達には成り得ない。この寂しさは拭えない。
初めての友達を求めて観察を続けていたが、一向にロクドーサンが現れる気配がないので綱吉はやきもきしてきた。
(おそい〜。はいっちゃダメかなぁ?)
沢田家の庭は六道家の庭に面していて、間には綱吉でも簡単に登れるようなブロック塀しか障害となるものはない。この程度、もう入って来いと言っているようなものじゃないかとすら思う。
(うん、いいよね。ほんのちょっと、ちょこ〜っとみるだけだから)
一人でうんうん頷くと、綱吉はブロック塀に駆け寄った。一応穴から覗いて窺ってみるが、やはり人の姿はない。不気味なほどしぃんと鎮まり返っていた。
(みぎよしひだりよし!)
綱吉はそんなことにも気にせず、右の時に左を見て、左の時に右を見て、準備万端だ。
「いざ!」
勢い込んでブロック塀の穴に足を引っかけよじ登る。あまり運動神経がいいとは言えない綱吉だが、興奮が手助けをしてくれてなんとか進んでいく。
(ロクドーサン、どんなコかなぁ〜…!)
期待に胸を膨らませながら、塀のてっぺんに手をかけ、よっこいしょと身体を持ち上げ乗り上げる。
(…!)
瞬間、嫌な予感が駆け抜けた。
咄嗟に身を屈めれば、頭のすぐ上を何かが突き抜ける気配。
びしゅっ
「わっ…!?」
髪が数本切れて風に舞った。
(え、な、何!?)
わけもわからずそれが飛んで来た方向を見ればーーー
「あ…!」
いつの間に現れたのだろうか、そこには二人の子供が立っていた。日本人とは思えない真っ白な髪と菫色の瞳を持つ少年と、その少年と手を繋いでいる青みがかった黒髪の少年。後者は日本人かと思えば、その眼は左右で色が違った。紅と蒼。まるで宝石のようなそれは、無感情に綱吉を見つめていた。
(こども。ふたり。…もしかしてロクドーサン!?)
そう思った直後には、先程の不可思議なことなど頭の中から抜けていた。
「ねえ! ひょっとしてロクドーサン?」
声をかけても、二人の子供は微動だにしなかった。当然のように返事もない。しかし浮かれた綱吉はそんなことなど気にせず続ける。
「ねえねえ! オレつなよしっていうの。いっしょにあそぼうよ、ロクドーサンくん!」
……ぷっ
くすくす…
二人の不思議な子供は同時に笑い出した。ぴったり揃って肩を震わせて、歪な鏡のように。
「フフ…」
「クフフ…」
「違うよ、ツナ君」
「違いますよ、綱吉君」
「僕は六道白蘭」
「僕は六道骸」
「よろしくね」
「よろしくお願いしますね」
口調が違うので多少ズレるが、それはステレオを連想させた。
しかし運動神経同様、頭の回転もよろしくない綱吉は、申し訳なさそうに頭を掻く。
「…ごめん、よくわかんなかった。もっかいべつべつにいって?」
その言葉に、似ていないのにそっくりな少年達は顔を見合わせてまた笑い出した。
「フフッハハハッ」
「クフフックハハハッ」
「わっ、わらわないでよ〜! …とっ、ととっ、だっ、のわぁぁぁ!!」
バランスを崩した綱吉はどさりと六道家側の庭に落下し、見事侵入を果たしたのだった。
それを見た二人は最初の沈黙が嘘のように大笑いして、綱吉は恥ずかしそうにしながらもホッとした。
(よかった。ともだちになれそう)
同じ日。少し前の、六道家。
大きなベッドが1つに、普通のベッドが1つ。ソファが1つに机が1つに椅子が3脚。タンスが1つにクローゼットが1つに鏡台が1つ。…以上。
そんな簡単過ぎる引越作業を見つめる子供が二人。
「終わっちゃったね」
「終わっちゃいましたね」
字数の関係で終わりの方はズレたけれど、途中まではぴったり重なった。
それに安心したように微笑んで、白い方が青い方に尋ねる。
「ねえねえ、母さんはどこかな?」
「知りません」
「だよね。僕も知らないもの」
「あなたが知らないなら、僕も知らないのは当然でしょう」
「そうだけど、一応確認。夜には帰って来るのかなぁ」
「帰って来ますよ、きっと。あの男と大きなベッドの上で騒ぐためにね」
「あんあん煩いのは嫌だな。それにあの男は大嫌い」
「同感です。騒がしくて眠れやしない」
「あ、じゃあお互いの耳を塞ぎ合って眠ろうか」
「そうですね。そうしましょう」
青い方もにこりと微笑み返した。しかし白い方は浮かべていた微笑を引っ込めて不安げな表情になる。
「…ここにいる間は、ずっと離れなくていいんだよね」
「ええ、きっと」
「前みたいに身体をいじられたりしないよね」
「たぶんね」
「僕は、骸君が切られるの、もう見たくないよ」
「…別に、痛みはありませんよ」
「僕が痛いの」
「おやおや。僕が切り刻まれても痛がって、大人に刃向かって折檻されても痛がって、まったく忙しい人ですね、白蘭」
「君の分まで痛がらないと、足して割った時に同じにならないでしょ」
「クフフ、いちいちオーバーなんですよ、あなた」
「…いいじゃん」
「悪いとは言ってません。拗ねないで」
「わかった。拗ねない」
代わりに、と白蘭と呼ばれた白い少年は骸と呼ばれた青い少年の唇に口付けた。
薄紫の瞳と色違いの瞳とが交差して、時が止まったような感覚に酔う。
しかしそれはすぐに終わった。
「…来客ですか」
「…来客だね」
二人は手を繋いで気配を感じた庭の方へ足を向かわせた。
庭に出れば、隣の家との境の塀に小さな手が乗っているのが見えた。よいしょ、だとか高い声も聞こえる。おそらく子供だろう。けれど、侵入者は侵入者だ。
骸の手の中に珍しい形の短剣が現れるのを見て、白蘭は微笑んだ。弟には容赦がない。その理由を知っているし、咎める気もなかった。だから真っ赤な瞬間を笑顔で待つことに決めた。
「よ、っこいしょ!」
やけに親父臭い掛け声に笑いそうになりながら、白蘭は心の中でバイバイと呟いた。同時に骸の手から短剣が綺麗に投げ放たれた。
しかしひょっこり現れた小さな頭を確実に射抜くと思われたそれは、偶然か必然か避けられてしまった。
「……へぇ」
白蘭は少し驚いていた。そして骸の無感情な顔がほんの少し揺れたのに気付いていた。
運良く難を逃れた薄茶の髪の子供は、目をぱちぱちさせてこちらを見た。
「あ…!」
ぽかんと口を開けて無遠慮に見つめてくる彼は、次の瞬間にはパァっと表情を輝かせた。
「ねえ! ひょっとしてロクドーサン?」
(ロクドーサン? ああ、六道さん、か)
外国人の名前のようなイントネーションで、一瞬何のことかわからなかった。
「ねえねえ! オレつなよしっていうの。いっしょにあそぼうよ、ロクドーサンくん!」
……ぷっ
そういうことか、と白蘭は吹き出した。見れば、隣の骸も同様に笑っていた。
「フフ…違うよ、ツナ君」
「クフフ…違いますよ、綱吉君」
「僕は六道白蘭」
「僕は六道骸」
「よろしくね」
「よろしくお願いしますね」
(良かった、同じだ)
白蘭は安堵しながら、しかしほんの少しの不満を感じていた。やろうと思えば今すぐ殺せるのに、なぜ骸はそうしないのだろう。それがわからないのが嫌だった。
生命を狙われたはずの綱吉は、そんなことなどすっかりなかったことにして申し訳なさそうに頭を掻いて口を開いた。
「…ごめん、よくわかんなかった。もっかいべつべつにいって?」
その言葉に、似ていないのにそっくりな少年達は顔を見合わせてまた笑い出した。
「フフッハハハッ」
「クフフックハハハッ」
(うん、面白い子ではあるね。そっか、暇つぶしに丁度いいから殺さないのかな)
白蘭が物騒な納得をしているのも知らず、綱吉は恥ずかしそうに頬を染めた。
「わっ、わらわないでよ〜!! …とっ、ととっ、だっ、のわぁぁぁ!!」
そうして二人の目の前でバランスを崩した綱吉はどさりと六道家側の庭に落下し、見事侵入を果たしたのだった。
それを見てまた笑いの波が来てしまい、骸も白蘭も思いきり笑った。
こんなふうに笑ったのは、初めてだった。
(うん、いい暇つぶしになりそう。そうだよね、骸君? …そうだよね?)
2008.8.17
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