11.連鎖
それから、昼休みと放課後は骸の『食事』に費やされた。前戯も後戯も欠かさず、後始末も念入りに。それは随分と優しい、恋人にするようなそれだったけれど、綱吉は一度足りとも純粋な歓喜に震えたことはなかった。
今日も今日とて綱吉は骸の下に組み敷かれ、一方的な愛を注がれる。それはかつての日常とすり替わり、新しい日常となった。
ただ、最近少し様子がおかしいがするのだ。骸の、というより、骸の身体の様子が。
ぐちゅ。
「ンぁっ……!」
言うべきか、言わないべきか。思考は骸に突き立てられた指が蠢く度に甘美な刺激で飛び飛びになってしまう。
「っ、う……ひっ、ぃ……!」
こんな状態で物事を考えるなんて綱吉には無理だった。けれど直感は骸の指先から真実を弾き出し、絶えず頭の片隅に事実として蓄積されていく。
骸の身体は、日々痩せ続けていた。
綱吉をいただくことはあっても、本当の意味で食事をとる姿を見たことは一度もないのだ、当然と言えば当然かもしれない。けれど、今まではその必要がなくても、今の骸の身体は生きているのだ。食べて飲まなければ、また骸の身体は死体となる。きっと骸はそんなことなど毛ほども気にしないだろうけれど。
でも、綱吉にはどうしても気になることがあった。骸が痩せていくのと比例するように、白蘭が――
ぬちゃり。
「ひゃぅッ!!」
いいところを擦られて、嬌声が上がる。また思考が飛んだ。
女のように啼かされることは未だに綱吉に羞恥を感じさせる。同時に、どうしようもない快楽が綱吉を短絡的にさせ、気を紛らわそうと簡単に思いを言葉にして吐き出してしまう。
「ぁ、んん……む、くろ……っ」
鼻にかかった吐息混じりの声は、赤く染まる肌と相俟ってひどく官能的だった。
「何ですか、綱吉君」
煽られたらしい骸は指の本数を増やし、重点的に綱吉の前立腺を攻め立て始める。途端、綱吉は泣き叫ぶように喘いだ。
「んぅぁあっ!! ぁっ、ふ……! ぁんっ!」
身をよじって逃れようとする綱吉を優しく押さえて、骸は綱吉の耳元に口を寄せた。
「ほら、言ってごらんなさい……」
「あっ、んぅ……や、やめ……ッ、ぁ! まっ、て……おねが、いぁっあぁっお願いィ!」
妙に真に迫った様子に、骸は少し眉根を寄せ、指を止めた。
「……いいところなのに。仕方がありませんね」
嫌な水音を立てて骸の指が無造作に引き抜かれ、綱吉は圧迫感がなくなったことに安堵しつつ、同時にどこか喪失感に近いものを感じていた。そんなもの、決して認めたくはないが。
「ぅ、ぁ……うぅ……」
綱吉が余韻に悶える様をねっとりと見つめて、骸は粘性のある液体に濡れた指を舐める。味なんてしない。するのかもしれないが骸は感じられない、が正しい。けれど胸が震えるこの感覚を『甘い』というものだと言われたら、今の骸は素直に頷けそうだった。
「なんですか? 僕が我慢出来るうちに言ってくださいね」
「ぅ……、む、骸。あ、あの、あのね……。骸の身体、このまま、だと、死んじゃう、よ……。こんなこと、する前に、他に……しなきゃいけないことが、あるはずだよ……!」
綱吉の必死の言葉に、骸はあろうことか綺麗に微笑んでみせた。
「なんだ、そんなことですか」
そう、宣って。
「え……? むく――」
綱吉が言葉を紡ぐ間に、骸は綺麗に舐め上げた指を自身の首へと滑らかに這わせた。
「そうですよね。事後処理もそれはそれで楽しいんですけど、君の健康を思えば確かにこうした方がてっとり早いですよね」
綱吉には意味を判ずることの出来ないことを告げた後、きゅ、とその指があっさりと首の薄い肉の下の気道を塞ぐ。
「っ!? う、うそでしょ!? ま、待って骸!!」
咄嗟に綱吉は骸の手を掴んで止めようとするも、情事後の身体は思うように力が入らず、骸の身体にからみつくのが精一杯だった。
「待って、違う……! お願いだから、待って……!!」
「クフフ、何をそんなに焦っているのです。……まさか、この身体がかわいそう、だとか?」
つくづくいい子ですねぇ、とくすくす笑う骸の声は、息が出来ないにも関わらず常と変わらない。そして綱吉の頬に余裕の表情でひとつキスを落とし、笑顔のまま指に更なる力を込めた。ぎちりと皮膚が音を立てる。
「だ、駄目っ、や、やめてよっ……やめっ、やめろッ!!」
咄嗟に薙いだ手が、骸の頬を打った。
「……っ」
打たれた骸も、打った綱吉も、茫然と目を見開いていた。
少しの沈黙の後、徐々に混乱していた意識が元に戻り始める。
「ぁ……ご、ごめ――」
咄嗟に謝りかけてから、綱吉は後悔した。
(……謝ることじゃない……!)
だってこうでもしなければ、骸は自分の身体を殺していただろう。綱吉はそれが意味するところのすべてに感付いていたわけではないけれど、ただ、怖かった。動揺の中にあっても、これが正しかったと思えるくらいには。
「…………」
一方骸は、衝撃で首から外れた手をぎゅっと握りしめて、綱吉を睥睨した。
「ひっ……!」
綱吉はその苛烈過ぎる紅い瞳に怯えるように身を縮ませた。殺されると思った。散々蹂躙されて辱められてイかされて、最後には優しく首を絞められて殺されるんだと。
けれど骸は小さく何事かを呻いて、すっと立ち上がった。夕日が伸ばした骸の影が綱吉をすっぽりと包み、同時に骸の表情は逆光気味で窺えなくなる。
「……また、明日」
骸は乱れたままの綱吉を置いて、力無く屋上を後にした。
「む、骸……!」
止める気にはならなかった。けれど、その背中に何も思わずにいられるほど、綱吉の骸に対する想いは単純なものではなかった。
(……俺は、間違ってない……と、思う)
――本当に、そうなのだろうか。
(いや……間違ってなんかない。だって、こうでもしなきゃ、白蘭は――)
「これはお礼のひとつくらいは言うべきなのかな?」
「っ!?」
突然の声。
びくりと振り向いた綱吉の視界に入ったのは、いつの間にかフェンスに寄りかかってこちらを見下ろす人影。雲のように白い髪は夕日に照らされ、わずかに含んでいた紫の色を強く主張していた。うすい笑みに隠されるはずの感情は表層へと現れ、視線は鋭く強い。
彼は、傷も鬱血もない喉を手でゆるやかに摩りながら近づいてきた。
「びゃ、白蘭……!」
綱吉の身体が、特にある一部分が竦み上がった。急いで散らばる服をかき集めて露出した肌を隠す。その様子を見た白蘭は眉間の皺を深めた。
「別に、そんなの今更でしょ。その赤い痕だらけの淫らな身体も、今の僕になら自慢になるよ。なんとなく気付いてるんでしょ? 骸君の身体と、僕のこと」
ガツ、と強い足音を最後に白蘭の歩みが先程まで骸が立っていた場所で止まった。
「ほら、思う存分晒してみなよ。オレはこんなに愛されてるんです〜ってさ」
冷たい命令に、綱吉はがたがたと震えて後ずさった。白蘭は神経質そうにこめかみをぴくりと動かし、それを視線だけで追う。
「ああ、ごめんごめん。おバカなツナ君には意味がわからなかったかなぁ?」
目を細めて口角を上げただけの笑顔で、白蘭は更に一歩進んで屈みこみ、優しい手つきで綱吉の首に手を伸ばす。
「や、やめっ――ぇぐっ!」
優しく愛撫するかのように白蘭の指が綱吉の気道の上をなぞった。時に柔く時に強く、骸が綱吉のそそり立つモノにしたように、甘美に。
「かっ、けほっ……ぐ、ぇ……!」
「フフ、『晒す』っていうのはね?」
白蘭の指に瞬間的に力がこもる。
「毎日毎日愛されて喘いで乱れてくねらせてる売女みたいな身体を哀れでかわいそうな僕に見せつけることなんだよ!!」
「げぅッ!!」
ぐぎ、と喉から嫌な音がした。綱吉はカッと目を見開いて背をのけ反らせ痙攣し始める。
「ははっ、苦しいでしょ? 苦しいよね!? ……でも安心しなよ。君があんまりにもかわいそうだからやめてあげる」
言葉と同時に白蘭の手は離された。
「ぅ、ごっげほっぅ、けふっ……かは……っ!」
途端に噎せる綱吉を愉悦混じりに眺めて、白蘭は制服のポケットから薄いデジカメを取り出した。
「ひとつ学んだツナ君に練習問題だよ。問い1、『晒す』を身体で表現せよ」
「こほっ、う、ぁ……」
目の縁に涙を溜めて、綱吉は羞恥に震える手で身を隠していた布をずらした。骸の残した印がちらりと覗く。
「十点、てとこかな。……ねえ、なめてんの?」
白蘭の瞳に剣呑な色が宿るのを見て、綱吉は恥辱に堪えて全ての肌を曝した。
「フフ、良く出来ました〜」
にっこり笑って、白蘭はカシャ、と無意味な電子音を立てて撮影を始める。
「びゃ、白蘭、まさか、骸に……っ?」
「勝手に喋んないでよモデル君。心配しなくたって、骸君にチクったりなんかしないよ。ただ、君に少し自重を促したいだけ」
カシャカシャと連続で様々な角度からシャッターを切る白蘭は、一見するとにこにこと上機嫌だ。けれどその奥に宿る感情の炎が今にも彼を食い破りそうなことはすぐに感じ取れた。
「びゃ、びゃくら――」
「ねぇ、ルールを覚えてる?」
「っ!」
ルール。その単語に、綱吉の脳裏に幼い日の記憶がちかちかと巡った。あれは確か、骸がいなくなった時だ。
「そう。『骸君がいない時に僕の視界に入らないこと』だよ。思い出したかな?」
「で、でもっ!」
綱吉から白蘭のもとへ行ったことなどあれ以来一度もなかった。ルールを破ってなどいなかったはずだ。今こうして二人きりなのも、白蘭の方からやって来たせいなのだ。
「……今、僕の方からやって来たからじゃんって思ってるでしょー」
「……!」
「ハイハイそうだねその通りだね良かったね! で? だから何?」
グシャ。
「ぁっあ゛ああああぁぁああッ!!」
白蘭の上履きの裏が、綱吉の急所を直に踏みにじっていた。更に、ぐち、ぐにゅ、と揉み込むように捻りを加えられ、ゴムの質感と相俟って、痛みと快感とがめまぐるしく綱吉を攻める。
「やめっ、やめぇァっ!! アぅッ! やぁぁぁああッ!!」
「うるっさいなぁ、ボンゴレ十代目。きゃんきゃん鳴かないでよ」
「やぁっ、ああぁああ゛っ!!」
更に体重を加えられ、あまりの刺激に綱吉はもんどりうった。
「まさか僕が好き好んで君ごときに会いに来たなんて思ってないよね?」
静かに言い募りながら、白蘭は無慈悲に足を動かし続けた。
「あぅぁっ! ひぁっ! な、ないっ! ぅっぁ、ないっ、ですっ!」
文字通り必死になって、綱吉は命乞いに等しい答えを叫ぶ。それでも白蘭は満足していないようだった。
「じゃあどうして僕がわざわざ君なんかのところに来てこんなくだらないことしてるかわかる?」
「わかっ、ぁっりませ、ンぅっ!!」
「馬鹿な! 君が! 骸君を苦しめるからだよ!!」
ぐちゃっ!
「ァあああああっ!!」
一際強く揉み込まれ、綱吉は背中を弓なりにのけぞらせた。
「ホンっト、ムカツク! 君は余計なことなんて考えずに骸君の望み通り足開いて腰振ってりゃいーの」
ぐ……、
「他に、」
くりゅ、
「何も、」
にゅちゅっ、
「考えるなよ!!」
ずむっ!
「っァアア゛っ――」
破壊的な刺激に耐え切れず、綱吉は糸が切れたように地に倒れ伏した。
白蘭はうんざりしたように顔を背けて足をどける。何度も踏まれ揉まれた綱吉のそこは真っ赤に腫れ上がり、けれど快楽の象徴として相応しい白濁を吐き出していた。色は随分と薄かったが。
「……くだらない」
小さくため息をついて、白蘭は動けない綱吉と事態を象徴する部位がひとつの画面に入るよう再びデジカメを向ける。画面も見ないままにカシャカシャと撮って、淡々と記録した。骸がこの写真を見たらすぐにわかるだろう。綱吉が骸との情事のあとにイかされたのだと。 もちろん、骸に見せる気など白蘭にはないが。
そしてメモリがいっぱいになるまで撮影し、デジカメをポケットに戻そうとした時にそれは起こった。
「っ!? ぅ……っ!!」
突然左目に圧迫感を感じて、白蘭は顔の左側を押さえてコンクリートに倒れ、なんとか四つん這いの形で留まった。息は出来るのにどうしようもなく苦しくて、酸素を求めて必死で空気を吸い込む。
「はっ、はぁっ、ぁっ、はっ……、ふぁっ、ぅ……は……っ!?」
襲いくる強烈な吐き気に抗い、ぜぃぜぃと肩を揺らす。汗と唾液とがぽたぽた落ちた。
「う、嘘、でしょ……? やっ、やめて、イヤだよ……骸君……っ!」
脳裏に浮かぶ別の視界に指が迫るのを感じて、白蘭はがたがたと震えた。自身の両目を手で覆っても、その映像はますます鮮明になるだけで何の抵抗にもなりはしない。それでもその直接的な恐怖は白蘭を追い込み、錯乱したように硬い床に額をこすりつけて転がらせた。
「びゃ、白蘭……?」
綱吉の視界に自ら飛び来んできた白蘭に、綱吉は力の入らない身体を叱咤してなんとか上体を少しだけ起こす。だが白蘭は綱吉のことなど目に入れず、いやだいやだと小声で誰かに懇願していた。
「白蘭? 白蘭! 白蘭しっかりして!!」
「や、いやっ、いやだってばぁ……!!」
白蘭の真っ暗な視界の中では、別の場所で別の眼が見た光景が踊っていた。混乱しつつある五感は、そのくせ痩せ細った指が眼球に触れる感覚を鮮明に伝えてくる。
逃れられないことは、わかっていた。
「や、やめてッ!! やめてよ骸くっ――」
ぴたりと、白蘭の動きがとまる。
「びゃ、白蘭……?」
恐る恐る手を伸ばす綱吉の目の前で、白蘭は天を仰いだ。
絶叫が、上がった。
トイレの壁に並んだ鏡の前で、骸は左目からどくどくと血を流していた。洗面台に重力のままに落ちた血が排水溝へ流れる音を聞きながら、手の中の血まみれの眼球に視線を落とす。
「………」
血の赤の隙間から覗く虹彩の色は――
ぐしゃり。
それを認識する前に造作もなく握り潰して、水道の蛇口を捻り、流す。排水溝に少々引っ掛かったけれど、水圧を上げればつるりと流れてくれた。それを確認して、骸は制服のポケットから何かを取り出した。蛍光灯に透かすように掲げれば、それは白い光を青い光に変換してキラキラと輝く。
空色が美しい、少し大きめのビー玉。もう随分と昔に綱吉がくれた、大切な大切な宝物だった。
「クフ、綺麗……」
鼻唄でも歌いだしそうなほど上機嫌に、骸はそれを自身の左の眼窩に宛がう。以前の身体は眼孔が抉られていたので簡単に入れることが出来たが、今の身体では少し力を入れたくらいではすんなりとは入ってくれなかった。仕方なく無理矢理に押し入れることにした。
「……ん……クフ……クフフ、フフフッ」
ぐちぐちと塗れた音がするたびどこか遠くで悲鳴が聞こえ、それが聞き覚えのある声なので愉しくて仕様がなかった。
――もっと鳴けばいい。
――もっと苦しめばいい。
悪意に満ちた手つきで乱暴にビー玉を押し込むと、意識を貫くような悲鳴が遠く聞こえて快感を覚えた。
「んん……ぁ、くは……っ」
最後に一際強く押し込めば、ぴゅるぴゅると溜まっていた血が飛び出し、鏡を赤く染めた。悲鳴はそこでプツリと途切れた。
「クフ、クフフフ。ほら……。やはり僕にはこれが一番似合います」
まばたきで血を拭えば、青いビー玉は幻覚の力を借りて蒼い虹彩に変わり、紅い瞳と対をなす。綱吉の好んだ二色の瞳がそこにある。それだけで十分だった。
「……あんな瞳は要らないんですよ」
――あんな、菫色の瞳など。
指についた血を赤い舌で舐めとり、骸はくすくすと嗤った。
裏タイトル『白蘭の悲劇』。
まさにそのまんまでスイマセンごめんなさい!!
白蘭と骸の身体の関係(なんか卑猥な響きだなー)と、それに対する骸の認識を匂わせてる回です。
今のところの予定だと、次か次の次あたりの話でまた少し物語が動くかんじですかねー。
もちろん、白蘭がかわいそうな方向に(笑)
いや! 白蘭ハッピープランと銘打って軌道修正しようとしたんですけども、なんか不幸体質というかなんというか、白蘭はどうしても平和な方に行ってくれなくて……。
ていうか、もうホントこの連載R18な気がしてきました。
ありがたいことに皆様から特に苦情が来ていないので放置してますが、さすがにちょっとマズイかなぁと思い始めた今日この頃。
でも完全にR18としてしまうと、これまで読んでくださっていた方の中で15〜17歳の方がアウトになってしまうという……。
ズッコンバッコンシーン(!?)はこれでも一応控えめにしているつもりですが、少し考えないとなぁ……。
2009.4.1
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