09.非日常




 ぴんぽーん。
 気の抜ける音は、宅急便やら回覧板やら、そんな日常を思わせるもののはずだった。
「ひっ……!」
 しかし綱吉は恐怖に身をすくませて、布団を頭から被り直して丸まった。光もなく自分の体温から発生した熱が支配するこの空間だけが、唯一安心できる場所に思えた。
 でもそんな簡単な逃避では事態は変わってなどくれない。

 がちゃ……がちゃん。

 玄関のドアが開けられ、すぐに閉められる音が階下から聞こえる。誰かなんてわかっていた。毎日迎えに来て、自他ともに認めるほどねぼすけの綱吉を悪戯っぽく起こしてくれる親友――だった、骸。つい最近まではそうだったはずの、骸。
 特殊な環境で育ったこと、そしていつも一緒にいた骸が綱吉以外に対してはどうしてか冷たいことなどが手伝って、綱吉には他に友達がいなかった。骸がいればそれで十分だった綱吉にとって、それは何の苦痛にもならず、ずっとずっとその閉じた世界で生きていくのだと漠然と思っていた。けれどその世界は、かつてその中にいたはずの白蘭が侵入したことで急激に様相を変えてしまった。身じろぐ広さもない二人だけの世界の空気は淀み、まるで毒を含んだ霧が充満しているかのような息苦しさを帯びる。綱吉は咳き込むことすら許されずに冒されるしかなかった。良くも悪くも、閉じた世界なのだ。敵はいない。逃げる必要がない。だから逃げ場もない。
 枕を胸に抱き、綱吉は強く強く抱きしめる。何かに縋り付いていないと恐怖に押しつぶされそうだった。

 とん、とん、とん……。

 今度は、階段を上がってくる音。
 骸は、毎日のことだからと綱吉の母にインターホンすら押さなくていいと言われていた。さすがにそれには抵抗があったようで、一応インターホンだけは鳴らして勝手に入って来るのが日常だった。
(いつも、通り……)
 それが余計に怖かった。一昨日、十年続いた信頼が壊れたばかりだというのに。あの時、その衝撃に堪えきれず、綱吉は嫌っていたはずのマフィアを頼ってしまった。しかしそこも絶対の安全地帯ではなかったのだ。
(どうして、骸、白蘭……どうして……?)
 白蘭が来てから全てが崩れ始めてしまった。白蘭と再会した骸がおかしくなって、骸から逃げた先に白蘭が来た。そして白蘭は散々綱吉の日常を粉々にしておいて言うことが、

『今までと全く同じ生活をするんだよ。いい? これは君のためを思って言ってるの』

 なんて、ふざけた言葉だった。
 朝は寝坊して骸に起こされて、一緒に学校へ行って適当に授業をこなして、屋上で骸と二人でお昼を食べて、午後の授業は二人して爆睡、放課後は骸と並んで寄り道をする。ずっと骸と一緒の、それが綱吉の毎日だった。
(そんなの、どんな顔して続ければいいんだよ……っ)
 恐怖に意識を取られて、綱吉は致命的なミスをしていた。
 突然、綱吉を護っていた布団が勢いよく剥ぎ取られた。
「……っ!?」
 咄嗟に振り向く綱吉の視界で最後の砦だった布団はばさりと大きく広がり、空を舞いながらその人物を縁取っていた。

「おはようございます、綱吉君。朝ですよ」

「あっ、あぁぁぁああああ゛ァッ!!」
 絶叫を上げて、綱吉はベッドの上を転がった。
 それこそ、いつもと違う行動――。
 途端、目視の難しい速度で骸の手が綱吉の顎に伸びて来た。
「――あぁぁっんぁっ……ふ……っ!?」
 瞬きのうちに綱吉の悲鳴は骸の口によって飲み込まれていた。
(ひっ! イヤだ……!)
「んんっ、ふぁっ……く……、ん……ぁ!」
 何とか離れたくて骸の胸板を叩いたけれど、呼吸とは無縁の骸の口付けには容赦がなく、綱吉は酸欠に喘いだ。
「ぅ…………ぁ……」
 ちゅ、くちゅ……。
 濡れた音を残して、ようやく骸は綱吉を解放した。
「ぅ、けほっ、ごほっ、ぐ……ぅっ」
 酸素を求めて噎せる綱吉をとろんとした眼で見つめて、骸は甘く微笑んだ。
「クフフ、怖い夢でも見ていたんですか? もう大丈夫ですよ、綱吉君」
 にこりと、いつものように笑う骸は異質だった。親友の顔をした、別の何か。
(なんで、そんな風に笑えるの……? おかしいよ。狂ってるよ……!)
 ついには涙を零し始めた綱吉を自身の腕の中に閉じ込めて、骸は綱吉の華奢な首筋に顔をうずめた。
「そんなに怖かったんですか? 可哀相に。そうだ、今夜は一緒に寝てあげますよ。たくさんたくさん、慰めてあげる。意識が飛ぶほど気持ちよくなれば、恐怖なんて忘れられるでしょう?」
「ひっ…………、……っ!」
 それはまるで死刑宣告のように響いた。綱吉は漏れそうになる鳴咽をこらえて、白蘭の言葉を脳内で反復していた。

『今までと全く同じ生活をするんだよ。いい? これは君のためを思って言ってるの』

(今までと全く同じ生活なんて、無理だよ……!)
 だって骸が違い過ぎるのだから。
 異常だということに、本人は全く気付いていないのだから。
 くすくすと上機嫌に笑いながら、骸は綱吉を抱き上げて床におろし、勝手知ったる他人の家とばかりに綱吉の洋服ダンスをあさり始めた。すぐにワイシャツと制服と靴下、それにネクタイが引っ張りだされ、骸のなすがままに綱吉は着替えさせられていく。途中、幾度も胸や脇腹、更には首筋にほんのりと赤い鬱血痕を残されながら。
「う……」
 骸の唇の感触に思わず呻くような声を上げてしまえば、骸はそれはそれは妖艶に微笑んだ。綱吉はどくりと脈打つ身体を隠すことも出来ないまま、骸の手が下着の隙間から秘処をなぞり上げる感覚に喘ぐしかなかった。
「は、ぁ……うぅっ」
 骸の指を直接感じながら、綱吉は思う。
 絶対に口に出してはならない、恐ろしいこと。
(どうして……?)
 直感が必死に警告している。
 言ってはならない、言ってはならないと。
「あッ! ぁあっ、ヤ……っは、ぁ!」
 どうして、どうしてと、疑問ばかりが心を占める。骸の指に踊らされながら、思う。

(どうして骸から白蘭の気配がするの……?)

 絶対に、言ってはならない。

















 結局、その日学校に着いたのは昼食前の最後の授業の前だった。
 じんわりとまだ快感を残している下肢に意識をとられながら、綱吉はじっと視線を合わせてくる骸に投げるようにして形だけ目を合わせ、適当なタイミングで頷いていた。どんなに短い時間であっても綱吉に話しかけてくるのが骸の常だった。骸のする話は綱吉の知らないものばかりで、いつも退屈することがなかった。話の内容はくだらない都市伝説に始まりアマゾン奥地の蛇の求愛行動についての見解まで、とにかく飽きが来なかった。そういった点で、骸はとてもいい話相手だったと思う。でも今は、一体何の話なのかすら綱吉の頭には理解する余地がなかった。
 だって仕方がないだろう。
 綱吉の穴を堪能した指を口元にあてがい、綱吉の欲を啜った舌で言葉を紡ぐ彼の、一体どこから理解しろと言うのか。

「おはよ」

 更なる災禍の声に、綱吉は硬直した。
 白い髪に白い制服、薄紫色の菫みたいな瞳。骸とはまた違うが、とても目立つ人物。
「…………。でね、綱吉君」
 骸はぴたりと話をやめ、そしてまたすぐに何事もなかったかのように話し出した。白蘭の存在を根本から否定するかのような態度だった。白蘭の表情が一瞬切なく歪むのを目撃してしまい、綱吉はこの期に及んで仲良くしてほしいと思っている甘い自分に気付いた。それどころではないというのに。
 そうして挨拶を返すべきか否かで迷う綱吉を、白蘭の眼が鋭く射抜いた。その眼に宿っていたのは、紛れも無い嫉妬。怒り。ほとんど殺意と置き換えてもいいような、ねっとりとした感情。しかし何かがおかしい気がした。白蘭はこんな直接的に感情を外に出す人間だったろうか。もっとわかりにくくて、素直じゃなくて、愉しくても悲しくても笑っているような、そういうタイプだったはず。
(何か、あった……?)
 しかし綱吉の直感が動き始める前に、白蘭は自分の席について新品の教科書を机に詰め始めてしまった。白いふわふわの髪が邪魔をして、菫色の瞳は窺えない。

「――綱吉君」

 びくり、と声のした方へ視線を戻す。骸が、すぐ隣でにこにこと微笑んでいた。
「あ……っ」
 嘘っぽい笑みの裏に隠された激情を感じて、綱吉は思わず身を引いた。椅子に座ったままだから、大して距離も恐怖も変わらないが。
「どこ、見てるんです?」
 低い囁きは、狂った獣の唸り声のようにも聞こえた。今にも大口を開けて綱吉を丸呑みにして、その上で「ずっと一緒」と呟くような、そんなケダモノ。
「ご、ごめん……! あ、あんまり見つめられっぱなしだったからっ、は、恥ずかくって……!」
 苦しい言い訳だという自覚は十二分にあった。だから骸が綱吉の手を引いて抱きしめた時、このまま食べられるんじゃないかと胆を冷やした。結果から言えば、骸は綱吉を愛しげに胸に閉じ込めただけだったけれど、綱吉の胆が温まることはない。
 その原因は、ガラスに映り込んで見えてしまった、白い人。
(……白蘭?)
 視線を窓の外にやりながら、自身の身体を抱いて何かを堪えている様は、綱吉の目には明らかに異様に映った。あまり見ると骸に気付かれそうなので、骸の方を見つめ直したけれど。
「クフ……綱吉君、可愛い……」
 綱吉の視線には気付かぬまま熱っぽく囁いて、骸は綱吉の頭を撫でた。
 次の授業を受け持つ教師が来てもそのままだったけれど、教師は呆れたようにひとつ溜め息をついただけで、特に触れてはこなかった。そのことに、綱吉は密かに安堵していた。

 もし咎められていたら、きっと今の骸は――。























裏タイトル:帰ってきた骸さん。
冗談はともかくとして、ツナが白蘭のかわいそう度合いに追いついてきましたね……。
そして感づかれてる方もいらっしゃるだろう、骸さんの更なる真実。
お読みになっている際に「ん? ひょっとして?」と思った方、当たりです(←ええ〜?)
あんまり隠さない方がいいと思ってかなり匂わせてますので、すぐにおわかりになるかと。むしろ、感づいてくださった方が嬉しいですね〜(笑)
「ワケわからん!」と思った方、ごめんなさい。

ていうか、どこまで白蘭をいじめれば気が済むんでしょうね、管理人……。
一応白蘭攻めなのに……。


2009.2.5




次へ


PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル