06.夜




「こんばんは。夜分遅くに悪いね〜」

 月夜の晩の来訪者は、飄々とした笑顔で門番に手を振っていた。
「……ここは私有地です。申し訳ありませんがお引き取り下さい」
 鉄柵ごしに返す黒スーツの門番は、丁寧な物腰ではあるが明らかに不審そうな視線を送っている。
「ははっ、すごいね、そうしてると普通のボディガードだよ」
「……何をおっしゃっているのかわかりません」
「まったく。わかんないかねぇ?」
 わざとらしくため息をついて、白蘭の細い手がスーツの襟元に素早く伸びた。

「うだうだしてないでとっととボンゴレ10代目に会わせろって言ってんだよ」
 
 がしゃん、と音を立てて、胸倉を掴まれた男は冷たい鉄柵にほお擦りを強要された。その眼には、月光を受けて白く浮かび上がる髪とぎらつく紫の瞳が深く刻み込まれた。






















「やあ! こんばんは、ツナ君!」

 人工の光を全て遮断した部屋の中には、最低限の家具一式とシンプルなベッドだけがぽつんと配置されていた。そのシーツはこんもりと盛り上がって、人の存在を教えている。僅かな月明かりがその山を照らしてうっすらと輝いているが、部屋の辛気くささは拭えない。そして静寂は保たれたままだ。
「……あれれ、挨拶は基本中の基本だよ? 外交的にも、人間的にも」
 こつ、こつ、とあえて靴音を響かせて、白蘭はゆっくりとベッドに歩み寄る。暗闇の中、思わず溢れそうになる昏い笑みを噛み殺して。

「……来ないで」

 シーツの隙間から、か細い声が響いた。それにはさすがに堪えきれず、白蘭はくすくすと笑い出した。
「なんで笑うの……っ」
「だ、だってさぁ! ふふっ、本当にマフィアっぽくないよね、君」
「マフィアなんかじゃない」
「あっはは! 匿ってもらいながら言うこと? ずいぶん都合がいいよね〜」
「……うるさい」
「ふふっ、機嫌損ねちゃったかな? でもねぇ、僕も今ちょ〜っとご機嫌ナナメなんだ」

 ばさぁっ

「っ!?」
 突然シーツが剥がされて、リスのように丸まっていた綱吉の身体があらわになった。白蘭は動揺する綱吉をベッドに押し付けるように乗り上げ、間近で囁く。
「骸君がショック受けてたよ。君がマフィアに入り浸っちゃったから」
「そ、んなの……!」
「フフ、関係ない? 薄情だねぇ」
 ぎしりと大きくベッドが軋む。まるで綱吉が飲み込んだ悲鳴のように。
 小動物を連想させるような怯えた綱吉の顔を両手で優しく挟んで、逃れようとする視線を無理矢理捕らえた。
「は、離せよ!」
 儚い抵抗はいっそ憐れなほど弱々しくて、ますますマフィアらしさを削っていた。けれどそれが白蘭の中に生み出したのは、どうしようもなく歪んだ想いだった。

「……そうやって骸君を誘惑したんだ?」

 綱吉の動きが止まる。
「な、何を――」
「どうなの? それとも何、その傷ひとつない身体で腰でも振って見せた?」
「ちがっ……!」
「まあ、なんでもいいんだけど。とにかく、骸君がしたなら僕もしないと」

 ……何を?

 綱吉が声に出す前に、白蘭の手は綱吉の服を縦に引き裂いていた。
 布が裂ける音とボタンが床を転がる音がやけにリアルに聞こえて、綱吉はつんざくような悲鳴をあげた。夕焼けに染まる教室と、ケダモノに変わった親友とが頭を過る。
「ここにいれば安全だとでも思った? 浅はかだよね、ホント。今さぁ、ボンゴレやばいんだよ? 僕らミルフィオーレがちょこちょこ手ぇ出してるからね。十年前のお返しみたいなもんだよ。ま、あの時はミルフィオーレじゃなくてエストラーネオだったけど」
「や、やめて……やめてよっ! 触らないで……! あ、あれは俺のせいじゃないっ!」
 必死になって身をよじり逃れようとする綱吉を安々と制して、白蘭は意地悪く笑う。
「それもまたどうでもいいことだよ。大事なのは、ボンゴレにはもう十代目就任を拒み続ける君を護ってやるだけの余裕がないってこと。ミルフィオーレのボスである僕の言葉の方が優先されるってこと。見放されてるんだよ、君なんか」
「そ、そんな……!」
 絶望を色濃く滲ませて、綱吉は瞳を潤ませた。扉の外には護衛がいるはずなのに、綱吉の悲鳴が聞こえていないはずがないのに、助けに来ないのだ。それが何よりの証拠だった。
 綱吉が悟ったのを感じて、白蘭は一層笑みを深めながらぺろりと赤い唇を舐めた。
「ふふ。ねえ、骸君は君に優しくしてあげたのかな? ……いや、違うか。骸君て結構激情家なところあるでしょ。うん、要するに――」


 僕も同じってこと。


 そう囁いた白蘭は、綱吉の滲む視界の中で、紅と蒼の瞳の美しくも恐ろしい彼と重なって見えた。























もう片方は白蘭がぶっちぎりで可哀想ですが、こっちは綱吉も可哀想になってきました……。
骸も白蘭も綱吉も、可哀想のベクトルがそれぞれ違いますね。骸は生まれついてのもの、白蘭は骸によるもの、綱吉は兄弟の確執に挟まれてのもの……ですかね。

つまりはアレだ、圧倒的にハッピーが足りない……!!


2008.8.31




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