04.同一




「骸!」

 教室に入るなり、綱吉は骸の元へ駆け寄った。そしてすぐに白蘭がいないことと骸の袖に血が付いていることに気付く。
「……兄弟喧嘩?」
 少し聞きにくそうに尋ねる綱吉に苦笑を返して、骸は違います、と首を振った。
「ただの喧嘩です」
 そう答えれば、綱吉は同じじゃないかと怪訝な顔をしている。
「意味が違うんですよ。意味が、ね」
「……よく、わかんないけど……。あのさ、仲良くは……出来ないの?」
 その声は小さく、顔も俯いていた。
 骸は尋ねづらいなら尋ねなければいいのに、と言おうとしてやめた。彼が甘いのは今日に始まったことではなく、それが昔からずっと変わらない彼の美点であることを、骸は良く知っている。
「無理ですよ。過去は過去。今は今。過去には戻れません」
「…………そう、かなぁ。お前達の間に何があったか知らないけど、知りたいけど、でも知ってほしくないってことはわかるから、聞かないよ。でもさ、白蘭、嬉しそうだったよね」
「…………さぁ」
「ううん、絶対そう。白蘭は骸に会えてすごく喜んでたよ」
「だとしても、僕には関係ありません」
 骸のはっきりとした拒絶に、綱吉は悲しそうに眉を寄せた。
「……あのさ、フィオリスタファミリーを知ってるよな」
「……っ!!」
 綱吉の口からマフィアの名前が出て、骸は憮然とした。
 フィオリスタファミリーとは、つい先日骸が潰したファミリーの名前だった。麻薬に人身売買に違法実験などなど、一通りの悪事に手を染める典型的なマフィアで、すなわち骸の嫌悪対象の典型だった。
 だから潰した。無残に。ぐちゃぐちゃに。
 それは骸が普段抑えている破壊衝動を容易に満たし、強い痺れを伴って快感を与えてくれた。そんな己の悪癖を、綱吉は知っている。黙認なんてしてくれなくて、咎めるし責めるし叱るし嘆くけれど、それでも受け入れてくれる。骸の抱える事情を知った上で、向き合ってくれる。それは骸にとって大きな救いとなると同時に、苛立ちの原因ともなっていた。マフィアなど放っておけばいいのに。
 綱吉は骸の表情の変化を敏感に感じ取りながらも続ける。
「じゃあ、ミルフィオーレファミリーは?」
「……な……!」
 綱吉の口からその名前だけは聞きたくなかった。胸に去来する様々な思いは、隠しきれず骸の身体を強張らせた。
「……骸が出てる間に教えてもらったんだ」
 またマフィアに関わったのかと、骸の視線に力が込められる。
「ごめん。でもどうしても気になったから」
「……あなたが気にする必要はない。これは僕らの問題ですらないんです。あの男ひとりの問題に過ぎません」
「やめろよ、そういう言い方。わかってるんだろ? フィオリスタはミルフィオーレと裏で深い関わりを持ってた。ミルフィオーレは……白蘭は、本当ならお前を始末しようとしたっておかしくないのに、そうはしなかったんだ」
「クハッ、だから白蘭と仲良く遊べとでも? 冗談じゃない。そんなもの、あの男のエゴに過ぎませんよ」
「そんなんじゃない! 白蘭は骸と、本当は……本当の本当は、ただ一緒に過ごしたいだけだよ! ただ骸のことが大好きなだけなんだよ! なのにそんな風に言わ――っ」

 がしゃっ

 派手な音と同時に綱吉の視界は大きく傾ぎ、蛍光灯の逆光で酷薄な光を際立たせた骸に押し倒されていた。背中を机にしたたかに打ち付け、一時的な呼吸困難に陥るが、骸の方が酸素を求めて喘いでいるように見える。そんなはずはないのに。

「残酷な人ですね、あなたは」

 鼻と鼻が交差するほどの距離で、骸は吐息混じりに呟いた。頬に感じるそれは、ひどく熱く、甘い。そういう、幻――。
「ぅ……こほっ……む、骸……!」
 潤んだ瞳が欲情を駆り立てることも知らず、綱吉は苦しげに骸を見つめた。
(あぁ……綱吉……君……)
 骸のあるはずのない中心が熱を帯びていくのと同時に、邪魔な理性が蕩けて消える。その時には、既に骸の手は綱吉の胸元をまさぐるように動いていた。
「や、やめ……っ」
 ワイシャツのボタンが無造作にちぎられる音に怯え、綱吉は迫る骸を押し返そうと腕を突き出した。
 しかしその腕は簡単に骸の手に捕われ、代わりに骸の上気した頬に宛がわれる。
「マフィアのことなんて忘れて。僕のことだけ考えなさい」
 思考を奪う程蠱惑的な声に綱吉の腕から力が抜ける。くらくらする快感に、綱吉自身も熱を増していった。
「そう。いい子ですね。可愛い……綱吉」
 耳元でくすりと喉の奥を震わせるのすら綱吉には堪らない。
 とろりと甘やかな眼に魅せられ、骸の手は綱吉の身体を滑り下りていく。その手が邪魔なベルトに掛けられ――

「い、イヤだっ!!」

 綱吉の手によって弾かれた。
「……綱吉君」
「今日の骸おかしいよ! なんか、骸じゃないみたいで、怖い……よ。怖いんだよ!」
 恐怖に顔を歪ませてぽろぽろと涙を零す姿は、骸の嗜虐心を強く揺さぶる。けれど……。

(何故そんな眼で僕を見るのです)

 明確な拒絶は、痛みを伴って骸の胸を抉った。理性が少しずつ形を取り戻し、しこりのように疼く。それは骸が気付きたくなかったことを、目を背けていたことを、容赦なく表層へと押し上げて来た。


『僕らは同じ』


 それは自分の声だったのか、亡き兄の声だったのか、それとも兄を飲み込んだ彼の声だったのか。
(…………違う……)
 否定しても、子供のように頭を振っても、その声は何度も何度も繰り返される。

『同じ。全く、寸分違わず僕らは同じ。何が違うと言うの』

(違う、違う!)


「違うっ!!」


 気付けば、骸の右手は綱吉の両手首を拘束し、左手はベルトを引きちぎり――










 あとはもう、綱吉の艶やかな悲鳴しか覚えていない。




























はい、そんなわけで新シリーズです。
ここまで読んでいただければもうおわかりかと思いますが、全体的にこういうノリです。
暗いです。ちょっと大人向けです。……が、直接的にそういう描写をする予定はございません。
ツナも結構かわいそうなポジションにいますが、この先を考えるとやはり白蘭が一番つらいのではないかと思います。管理人が書くとどうしても皆不遇になってしまうんです……。

必ずしもハッピーエンドになるとは限りませんが、どんな形であれ、皆それぞれにどこかで報われることを目指します。

2008.8.17


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